荒尾市消防団×荒尾消防署 連携についての取り組み

 大量放水による流量主義から、内部進入により必要最低限の水で戦う効率主義へというように、近年の火災防ぎょ戦術は大きな変化を見せている。その根底にあるのが火災性状の変化であり、放水や換気の方法によっては延焼拡大などの危険要因増大が懸念されることがわかってきたからだ。一方で、現場活動を共にする消防団に対してこうした変化について情報共有が図られているケースは少ない。理論的な火災防ぎょ戦術を実現するためには教育が必要であるというコンセプトのもと、消防職員だけでなく消防団員に対しても教育や意識啓発を行う先進的な取り組みを行う数少ない地域を訪ねた。
 熊本県北西部にある荒尾市。有明海に面したこの街は、2市4町で構成される有明広域行政事務組合消防本部の荒尾消防署が守備している。また、消防団に関する事務等はそれぞれの市町で行っており、非常備消防としては荒尾市消防団が組織されている。地方都市では人員や車両の数が限られ、常備消防の消防力だけでは火災防ぎょが困難という実情がある。荒尾市の場合、火災時は第一出動で指揮隊(2名)1隊、タンク隊(3名)4隊、救助隊(3名)1隊、救急隊(3名)1隊で現場に急行。救急隊を除く17名のみで火災防ぎょ活動にあたることになり、充分なマンパワーを確保するためにも500名の団員を擁する荒尾市消防団の力が必須となる。しかし、これまでも様々な災害現場を共にしてきた消防団だが、明確な活動方針もないままその活動が行われていた。

時代と火災防ぎょの変化

 荒尾市においても高断熱・高気密等の住宅やRC造のマンションなどが増えている。屋外からの放水だけでは消火が困難なこれら建物が増えた結果、屋内進入を考慮した消火資器材の整備が進み、時代の変化と共に火災防ぎょ戦術も変化をせざるを得なくなってきた。こうした変化について、現場で消防職員が消防団に伝えようとしても無理がある。実際に、消防職員が戦術的要因をふまえて「この区画や場所には放水しないで欲しい」とお願いしても「まだ消えていない!炎が出ている!!」と言われ、如何に早く消火するかという〝使命感〞による放水が行われることが多かった。しかし、この〝使命感〞による無秩序な放水が火災を拡大させたり、現場内部や直近で活動する消防隊員の安全を脅かしたりする現実を理解できている者はいなかった。
 こうした現状を受け、荒尾消防署では火災防ぎょにおける安全対策として「火災性状の理解」が必要だと考えた。同署では当時、火災防ぎょの研究を進めていた職員が数名いたため、その職員を中心として消防団の幹部と意見交換や研修を重ねることで理解や知識を深めていった。消防団幹部の1人は「消火をするなということか、と、当初は抵抗感が否めなかった」と当時を振り返る。だが、無秩序な放水がなぜ火災拡大を招くのか、活動隊員がなぜ危険に曝されるのかを理論的で丁寧に説明していくことで、すぐに理解が得られた。さらに、火災現場において消防団幹部も荒尾消防署と連携して、一元化した指揮で活動ができる体制が実現した。

標準化に向けた取り組み

 指揮の一元化が進む中で、消防職員と消防団員の知識や技術の標準化が課題となる。そこで、標準化のためには、消防職員と消防団員の双方に教育が必要となり、当時の荒尾消防署警防係が教育を一任することになった。この教育では戦術に関わる各種知識や活動技術といった手技にとどまらず、一歩踏み込んだ情報共有も行われた。たとえば、各分団の管轄地区における消火困難場所を消防署が洗い出し、消防団と情報共有した上で火災防ぎょ活動の検討を実施。道路事情に伴う現着順位や消火栓配管の口径などを踏まえた水利選定といった考え方をレクチャーするなど、相互が同じ考えに基づき消火活動を展開するための土台を作り上げていった。
 署団連携が濃密になる中で、消防署の使用ホースは40㎜・50㎜・65㎜の3種類、消防団は基本的に65㎜ホースのみという違いから「使用資器材の整合性」という大きな問題が生じた。消防署では屋内進入を目的に40㎜ホースの導入を進めていた。消防車から40㎜ホースを延長して放水するスタイルは魅力的に思えるが、屋外からの大量放水が必要な場合の火災には不向きである。さらに、ホースストレス(摩擦抵抗など)が大きいため、雑な扱い方をすればすぐにホースが破損してしまう。また、荒尾市の火災防ぎょ戦術の基本体系は「現場直近した消防車に、水利部署した消防団が中継送水する」というもの。この基本体系に40㎜ホースを使用することで、中継する消防団のホースが破損するという事案が多発したため、荒尾消防署警防係では消防署と消防団のそれぞれが使用するホースとノズルの性能を検討した。その結果、40㎜ホースの使用についてはいくつかの制限を設定。中継ラインへの負担軽減策として、40㎜ホース使用時には中継ラインを積水口で受けるといった手法を「現場レベルの工夫」ではなく「統一事項」として周知し、総合的に有効な火災防ぎょ戦術の体系として確立させた。

〈荒尾消防署警防係の取り組み〉

[消防職員への教育]

  • 火災防ぎょについての研修
  • 火災性状を理解した火災防ぎょ活動の訓練
  • 消防署と消防団の使用資器材の違いと整合性
  • 各分団の管轄地区の消火困難場所の抽出と火災防ぎょ活動の検討

 

[消防団員への教育]

  • 消防団としての任務
  • 活動時の安全対策
  • 小型ポンプでの揚水、中継放水要領
  • 放水要領
  • 各分団の管轄地区の消火困難場所の情報共有と火災防ぎょ活動の提案

標準化の効果

 消防職員だけでなく消防団も含めた火災現場で戦うすべての者に対して、意識啓発を含めた教育を実施したことで、荒尾市では無秩序な放水がなくなり、一元化した指揮で統制化された火災防ぎょ戦術を実施できるようになった。また、緊密にした連携の中で、現場直近での活動や屋内進入など危険性の高い活動についてはPPEを含めた資器材が整った消防職員が担当し、中継送水や延焼防止(警戒線)についてはマンパワーと地理把握に秀でた消防団員が担うという活動の役割分担が明確化された。また、こうした体制が確立したことで、たとえ水利が遠い地区であっても、消防団の迅速な遠距離中継により初期段階で水利確保が可能になった。
 こうした取り組みを可能にしたのも、日常から消防署と消防団が顔の見える関係を作り上げていたからに他ならない。荒尾消防署と荒尾市消防団では今後も緊密な連携を図り、要救助者の身はもちろん、活動にあたる消防職団員の安全にも配慮した活動に磨きをかけていく事にしている。

一般建物火災を想定したフォーメーション。署隊のタンク車から一線延長し、警戒筒先(署隊)を配備。消防団は水利部署し、可搬ポンプにてタンク車へ中継送水を行う。その後、タンク車に積載された50mmホースと管鎗を活用し、分水器に接続。消防団隊によりもう一口の警戒筒先が配備される。

  • 各分団の地理特性等を踏まえ知識や共通認識を深めていく。
  • 現場指揮本部には消防団長と副団長が入る。
  • 消防団は水利部署し可搬ポンプにより送水を実施。
  • 先ポンプへ向け、自団の65mmホースを延長。
  • タンク車の機関員にホースを託す。
  • 通常の場合は積水口で水を受け遠距離あるいは高低差がある現場では中継口で水を受ける。
  • 警戒筒先に使用する50mmホースと管鎗などは中継した署隊車両の積載装備を使う。
  • 署隊があらかじめ設定してある分水器にホースを接続。
  • 団の担当局面や放水等の活動も指揮本部の下命に基づいて行う。
  • 消防団とともに警戒筒先を担当する署隊の隊員たち。
  • 署隊による内部進入を図る際などは指揮本部の指示に基づき適宜放水を停止し環境悪化を防ぐ。
  • 署隊による内部進入を図る際などは指揮本部の指示に基づき適宜放水を停止し環境悪化を防ぐ。

 


 

本記事は訓練などの取り組みを紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する内容は当該活動技術等に関する全てを網羅するものではありません。
本記事を参考に訓練等を実施され起こるいかなる事象につきましても、弊社及び取材に協力いただきました訓練実施団体などは一切の責任を負いかねます。

 


 

取材協力:荒尾市消防団/有明広域行政事務組合消防本部 荒尾消防署

インタビュー:伊木則人

写真・文:木下慎次


初出:2019年01月 Rising 冬号 [vol.12] 掲載


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