西日本豪雨災害 あの日の広島 第三回

想像を絶する大規模な災害に直面した際に、私たちは何ができるのだろうか。
その時、何をせねばならず、どこまでできるのだろうか。
これまでの経験が活かせた場面もあれば、想像もしない現実に打ちのめされもした。
あの日の記憶を、記録として残すために──

伊 木 則 人

「伊木さんとこは、まだ見つかってない人いる?」
 取材などを通じて交流のあった阪神救助犬協会のS氏から電話がかかって来たのは、10日の早朝だった。私の住む矢野東7丁目でも多数の行方不明者があることを伝えると、その日の午後3時頃に仲間たちと共に駆け付けてくれた。炎天下の中での活動は犬への負担が大きく、集中力が低下する。そこで、日の陰った午後6時過ぎにドッグサーチを開始した。ドローンを活用して作った現場地図へ救助犬が反応した箇所をマークして回った。翌朝も午前5時から現地に入り、涼しくて人が少なく、犬が集中出来るうちに再捜索活動を実施した。午前8時頃に捜索を終え、現場指揮本部にドッグサーチの結果を提供した。また、捜索活動をしている消防機関に「救助犬を投入させられますが、いかがでしょうか?」と聞くと「少しでも可能性のある所を集中して捜索したい。是非投入して欲しい」との返答があった。そこで、すぐに消防機関が捜索している現場に救助犬を投入してもらった。

 11日の深夜2時頃、同じ県内の消防団員として交流のあった安芸太田町の知人S氏が重機をトラックに載せ、また、吉和町のY氏は10名を超える仲間を引き連れ500人分の炊き出しの準備をして駆け付けてくれ、夜明けとともに重機にて公共施設周辺や生活道路の啓開活動を行うとともに、炊き出しをして避難所などに配布してくれた。発災直後に用意することが難しい重機や食事のサポートにより、住民の喜ぶ顔を見られたことがとても嬉しかった。
 川も道路も住宅も、一面が土砂で埋まっている。多いところでは数メートル、少ないところでも数十センチが堆積している状態。一刻も早くこの堆積物を撤去しなければならない。私たちが自由に活用できる小型重機やダンプカーが必要だと感じた。だが、調達の方法や費用がどの程度になるかもわからない。鳥取県中部地震や島根県西部地震においてボランティアセンターの運営に携われていた「コミサポひろしま」のM氏に電話を入れ助言を仰いだ。重機等のリース方法や、費用は概算で100万円前後であり、こうした大規模災害であれば助成金などで費用をカバーできる可能性があるという。私は天神町内会役員として、早速町内会長に進言した。「町内の復旧作業には重機等が必要です。費用は概算で100万円前後。助成金などが得られない場合は、これを町内会が負担することになるかもしれません。いかがしましょう?」
 助成金や町内会予算でカバーできなければ、私が自腹で負担すればいい。とにかく、小型重機やダンプカーは絶対的に必要なのだ。そんな思いが通じ、町内会長から「大丈夫。手配してください」との言葉が得られた。私はすぐにリース依頼をした。

 私の住む矢野東7丁目は避難指示が出され、その後に避難勧告に切り替えられたままの状態が続いている。こうした危険区域の場合、外部からのボランティアは見込めず、復旧に向けた動きは町内の有志が中心となって行うしかない。そんな中で、私が仕事を通じて知り合った現役消防職団員の方々や防災士の仲間、ボランティア仲間などが連日のように全国から駆けつけてくれ、大きな手助けとなった。一方で、受援体制の確立も必須であると考えた。安芸区災害ボランティアセンターにより、JR呉線の矢野駅から1㎞程の位置にある宮下公園にボランティア活動の調整を行う地域事務所「矢野サテライト」が立ち上がった。しかし、サテライトから矢野東7丁目までは道路距離にして2㎞程。道路が被災しており、仮に避難勧告が解除されても矢野東7丁目まで人が来てくれるか疑問が残る。悩んだ末にたどり着いたのが「矢野東7丁目天神町内会ボランティアセンター」の開設だった。矢野東7丁目に自前の受援拠点を置き、私との繋がりから駆けつけてくれるプロボノやボランティアの方々はもちろん、一般ボランティアも受け入れれば、少なくとも現状よりは人が集まりやすくなるのではないかと考えたのだ。また、地域住民が自らの手で土砂の除去などを行うにも、道具すらないのが現状。この拠点において資機材の集積管理と貸し出しを行えば、活動がスムーズに行えるはずだ。町内会にて検討を行い、広島市安芸区社会福祉協議会との調整を図りながら資機材の提供を受け、13日に「矢野東7丁目天神町内会ボランティアセンター」を開設する。早速SNSを活用して受け入れ態勢が整っていることを伝えつつ「ボランティア募集」の告知を始めた。

 駆けつけてくれた方々を受け入れるための体制は整ったが、人手はまだ足りない。さらなるマンパワー確保のため、町内会長が安芸区社会福祉協議会に足を運び「どうにかして欲しい」と訴えた。すると、県内最大の労働組合の連合体「連合広島」の担当者を紹介してもらうことができた。連合広島には36組織、約14万人の労働者が加盟しており、西日本豪雨災害の被災地にて組織的にボランティア活動を展開していた。担当者の方へ現状を伝えると、すぐに矢野東7丁目に入ってくれることが決まった。一般ボランティアであれば集まってくれた人員が各局面に割り振られる形となるため、日によって人数も、対応可能な活動レベルも全く読めない。連合広島の場合は、毎日、決まった数の人員を投入してくれるのはもちろん、ボランティア活動の経験が豊富なリーダーの下に編成されたチームが自己完結の活動を行ってくれるので、長期的なスケジュールに基づく計画的な復旧活動を実現することができた。
 行政などに全てを委ねた受け身の復旧ではなく、町内会や地域住民が自分たちで考えて動くことで、絶望的だった矢野東7丁目へのマンパワー投入はもちろん、復旧のプロともいえるプロボノ、有志の消防職団員の方々にも多く集まっていただくことができたのだ。

 矢野東7丁目天神町内会ボランティアセンターでは毎日朝8時と午後2時に町内会役員とボランティアの方々が集まり、ミーティングやニーズ表に基づく活動の調整を行った。また、日中は同センターにスタッフを常駐させ、午後から来たボランティアの登録や活動現場への派遣、清掃などを行ってもらった。このスタッフには「何か出来ることはありませんか?」と声をかけてきてくれた地域の女性の方々に協力をお願いした。文字通り、地域のために地域で回すボランティアセンターに育っていった。
 復旧作業も流れが完成し、スムーズに進めることができた。まずは重機が入って荒取りをして、そこから人員を投入して人力撤去を行う。ここまでやれば学生や女性のボランティア、地元住民でも対応が可能な状況になり、仕上げを行う。小型重機がフル活動すると、1台のダンプカーだけでは搬出が追い付かない。そこで、町内の有志の方がダンプを出してくださり、効率よく土砂の搬出が出来た。
 先手を打って調達した重機とダンプの存在は本当に大きかった。目の前の瓦礫や土砂を撤去出来なければどうにもならない。それを阻むのが、人力ではどうにもならないコアストーンだった。すべてを公助に依存せず、小型重機により100個以上を撤去できたことで、全体の復旧スピードが確保できた。普通免許で扱えるダンプは土砂や瓦礫の搬出だけでなく、資機材や水と氷を入れたクーラーボックスを運ぶなどの後方支援活動にも役立った。
 消防関係の方がボランティアとして多く駆けつけてくれたことも、大きな効果をもたらした。発災以降、気温が35度を超える猛暑の中で連日の活動が続けられる。そこで、被災地でのボランティア活動は朝8時から午後1時までとの方針が打ち出されており、実質的な活動時間が限られていた。こうした中で、健康面を含めた活動者の安全管理を担ってくださり、時間管理や体調管理に配慮した活動が実現できた。

 7月中は重機も人も時間の限りフル稼働の状態。矢野東7丁目天神町内会ボランティアセンターではSNSを活用し、現状や活動状況の発信を続けるとともに、ボランティアの募集を呼びかけ続けた。また、町内の有志も知人や会社に呼びかけを行ったことで何とか人が集まり、当初覚悟していた「人手不足による復旧活動の遅れ」を回避することができた。
 この頃、矢野東7丁目と同じく被害が大きかった近隣のエリアでは、依然として捜索に着手できない場所があるほどの状態だった。そこで「何故そんなに早く瓦礫撤去などが進むのか?」「どうやったらボランティアに来てもらえるのか?」と、私のもとに問い合わせが入り始めた。資機材はボランティアセンターやサテライトにて調達できること、集会所を受援拠点として開放していること、ボランティア募集のためにSNSで情報発信していることなど、矢野東7丁目で行っている取り組みを伝えていった。こうした地域間の情報共有により、後に、近隣エリアでも集会所を受援拠点として開放するケースが出てきた。
 矢野東7丁目が驚異的なスピードで瓦礫撤去などを進められたのは「人の力」に他ならない。ボランティアの確保は作業の手を増やすだけでなく、地域住民に対して希望や勇気を与え、さらに、何をすればよいかわからぬ自分たちの行動の手本となってくれる。土砂や瓦礫が人力で除去することができるとわかり、道具は集会所で借り受けることができる。本来であれば「幻滅期」として地域の連帯感が失われる時期を、外からの力に触発され地域の動きが活発になる「自助の力」で乗り越えることができたのではないだろうか。

──つづく

  • 暑さをによる負担を避けるため日没前や夜明け直後にドックサーチを行った。
  • 5日間泊まり込みで、朝から晩まで活動にあたってくれた消防団の仲間。
  • 別の消防団仲間は500人分の炊き出しをして避難所や現場に配布してくれた。
  • 毎日実施した矢野東7丁目天神町内会ボランティアセンターでのミーティング。
  • 各ボランティアチームに作業局面を割り振り、対応をお願いする。
  • ニーズ情報の整理と進捗状況の確認。
  • ボランティアセンターでは資機材の集積管理に加え、支援物資の提供なども行った。
  • 土砂などを取り除くためには無数に転がる大小のコアストーンを除去しなければならない。小型重機とダンプが威力を発揮した。
  • 大きなコアストーンもムービング技術などで移動できた。
  • 人海戦術の土砂除去作業。計画的な人員投入が功を奏した。
  • アパートの室内に堆積した土砂を除去しダンプへと積み込む。
  • 物資と共に送られてきた子供たちからの応援メッセージ。

 

 

誤記のお詫びと訂正
カタログ情報誌「Rising」Vol.13(2019/春号)に掲載いたしました本記事におきまして、以下の記載に誤りがありました。お詫び申し上げますとともに、訂正させていただきます。
 ●161ページ本文33行目
  (誤)安芸太田市
  (正)安芸太田町
皆さまにご迷惑をお掛けしましたことをお詫びいたします。

 

 

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写真・文:伊木則人
構成:木下慎次


初出:2019年04月 Rising 春号 [vol.13] 掲載

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