第4回BLSOプロバイダーコース in 高知

 近年ではACLS、BLS、PALS、NCPR、JATEC、JPTECといった、様々な医療状況に応じて標準化されたシミュレーション教育が日本国内に定着してきている。そうした中、2011年より始まり、ここ数年急速に普及し始めているのが、病院外・病院前での妊産婦救急を想定した産科に関する基礎的なトレーニングプログラム「BLSO(Basic Life Support in Obstetrics)」だ。
 産科医や分娩施設の不足は全国的に問題となる大きな課題であり、救急隊員が分娩を含む妊産婦救急の場面に遭遇するケースも少なくない。金沢大学が2010年に全国の消防本部に対して行ったアンケート調査によれば、医療機関に到着する前に分娩となった事例が1 年間に734件あったとされる。もちろん、分娩に至らずとも、外傷などで妊産婦が救急救命センターに搬送されるケースも珍しくはない。こうした場面において的確な対応を行い、妊産婦や新生児の命を守り、後遺症を防ぐためのスキルを身に付ける重要性は確実に高まっているというわけだ。
 また、東北大学の研究によれば、東日本大震災における宮城県内で病院到着前の分娩は、震災前の2010年が8件なのに対し、震災の発生した2011年には23件に著増。妊産婦救急搬送は598件から807件に増加したことが報告されている。災害医療においても病院前救護を目的とした妊産婦救急に関する研修の重要性が指摘されているところだ。

 高知県内の分娩施設数は約10年間で半数にまで減少しており、住居区域外での健診・分娩になっている妊産婦が数多くいる。また、近い将来に発生するとされている南海トラフ地震でも、分娩施設外での分娩が想定されており、今後は産科を専門とする医療従事者以外でも、車中分娩や妊産婦救急に遭遇する可能性が一段と高まっているといえる。
 こうした実情を踏まえ、高知県では県や高知医療センターの主催により、病院外や救急外来での急な分娩の対応、また、妊産婦救急の初期対応までの能力を身につけるためのBLSOプロバイダーコースを実施している。
 このコースは日頃は産科医療に携わっていないが車中分娩や妊産婦救急に遭遇する可能性のある救急隊員(救急救命士)、救急科の医師や看護師などを対象としており、交通事故などの妊婦外傷を含む病院前の産科救急的対処を強調した内容の教育コースとなっている。

 2019年2月16日に実施された高知県で4 回目となるBLSOプロバイダーコースでは県内の救急医療に関わる救急隊員、看護師など18名が参加。講義や少人数グループによるマネキンを使用したワークステーション(実習)を通して、妊婦の評価方法(週数の推定、分娩経過の観察、妊娠中の女性の出血や腹痛の評価など)、車中などでの分娩介助、新生児の処置・蘇生法、車中分娩、妊婦蘇生法などを1日かけて学ぶ。
 プロバイダーコースでまず学ぶのが分娩介助だ。分娩が特に切迫している妊婦傷病者に対しては、現場で分娩を行うための介助が必要。そのための手技や臍帯切断、胎盤娩出、分娩後大出血への対処、肩甲難産(児頭が出た後に前在肩甲が母体の恥骨に引っ掛かり娩出困難になること)の対処法などを学ぶ。
 新生児の約10%は出生時に呼吸を始める助けを必要とし、1%は蘇生を必要するといわれる。妊婦の心肺蘇生法は一般成人の救命処置に準じて実施すればよく、心肺停止に対してはすぐさま胸骨圧迫を開始するのがセオリーだ。しかし、新生児の場合はまず呼吸刺激を行い、次に人工呼吸を実施して、必要があれば胸骨圧迫を併用するというような違いがある。また、新生児がCPA状態の場合には傷病者が「2人」になる可能性があるということ。迅速に応援要請を行っておくこともポイントとなる。

 先述の通り、交通外傷などで救急隊が妊産婦に対応するといったケースも珍しくはなく、コースの中では女性傷病者に対しては常に「妊娠の可能性」も考慮して活動することの必要性が伝えられ、女性傷病者の適切な観察や妊婦外傷への対応、妊婦の心肺蘇生などもレクチャーされる。あわせて、救急車内分娩の対応といった実際の現場活動を想定した訓練や、学んだことを振り返り、いくつかのシナリオに沿って行う症例検討なども実施される。
 コースには筆記試験と実技試験が含まれており、こうした講義やワークステーションで身に着けた知識や技術が試される。そして試験に合格した者には、米国家庭医学会(AAFP)とALSO–Japanが認定する5年間有効な認証が与えられる。

 日頃は妊産婦救急に携わっていない者も、このコースにより現場にて対応する際のイメージをリアルにつかむことができるというのがBLSOプロバイダーコースの魅力といえる。そして、搬送を担う救急隊員(救急救命士)と受け入れ先病院の医療スタッフが同じプログラムを学ぶ事で、スムーズな情報伝達を助ける効果もあると言われる。
 高知県で実施されるBLSOプロバイダーコース以外にも、地域の3次救急医療施設、県の産科医療対策、離島医療における開催をはじめ、日本プライマリケア学会の教育セミナー、東北メガバンクが行っている東日本大震災の復興事業などで導入され、現在では各地でコース開催数が増加。医療の質の維持向上はもちろん、母子の安全と安心の向上に大きく役立っている。

  • 座学の様子。
  • リアルなマネキンを用いた分娩介助手技の訓練。
  • 新生児が落ちないよう慎重に対処する。
  • 臍帯切断の様子。
  • 胎盤娩出の様子。
  • 新生児蘇生では新生児蘇生法アルゴリズムに基づいた蘇生の初期処置から実施。
  • バッグバルブマスクによる人工呼吸とあわせ、胸骨圧迫を実施する。
  • 女性傷病者の観察やそれに基づく評価を学ぶ。
  • 狭い救急車内での出産に対応するためのノウハウを学ぶ。

 


 

取材協力:高知県/高知県・高知市病院企業団立高知医療センター

写真:伊木則人

文:木下慎次


参考文献:病院前救護のための産科救急トレーニング(中外医学社)


初出:2019年07月 Rising 夏号 [vol.14] 掲載


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