全国初!! 木造倒壊建物からの救出訓練

株式会社減災ソリューションズの加古嘉信氏により、本訓練やモジュールの開発経緯などが説明される。

 1995年に発生した阪神・淡路大震災を契機に、倒壊建物の下敷きとなった要救助者が救出直後に急変し心肺停止に陥る「クラッシュ症候群」の危険性が広く知られるようになった。これに対処すべく、救助活動と並行した迅速な医療処置が必要との声が広がり「がれきの下の医療」に対応可能な医療従事者の育成が喫緊の課題とされてきた。しかし、木造建物の倒壊現場を再現した訓練環境を準備することは容易ではなく、木造倒壊建物における救助・医療連携訓練の実施はハードルが高いという現実があった。こうした背景をもとに、株式会社減災ソリューションズが日本大学理工学部建築学科の宮里直也教授の技術監修のもと開発したのが「Rescue Training Module」だ。

今回の訓練に使用された救助訓練用設備「Rescue Training Module」。2階部分の傾斜角や1階部分の残存空間の高さなどを自在に調整でき、座屈倒壊した木造建物を再現できる。

 同モジュールは過去の災害データを基に、倒壊パターンや閉じ込め空間の特性、被災者の圧迫状況などを詳細に分析し、高度な教育効果を持つ訓練環境を実現すべく設計した可搬型の災害救助訓練設備。建物倒壊による閉じ込め現場を安全かつリアルに再現することができ、これまで実現が困難とされてきた実践的かつ体系的な救助・医療連携訓練を可能としている。

模擬建物を例に木造家屋の構造について説明する日本大学理工学部建築学科教授で博士(工学)の宮里直也氏。

 2025年4月19日と20日の2日間にわたり、同モジュールの本格運用開始に伴い、日本大学船橋キャンパス(千葉県船橋市)において、全国初となる木造倒壊建物からの救出訓練が実施された。訓練には、消防救助隊、医師、看護師、救急救命士、行政関係者など約100名が参加した。1日目は医療従事者、取材に訪れた2日目は消防救助隊が訓練を行い、木造建物の倒壊メカニズムや構造評価といった基礎知識、救出手法なども座学でレクチャーされた。

 2階建て木造建物の倒壊パターンを考慮すると、1階部分が座屈し、その上に2階部分が載った状態になる場合が多い。1階部分に生存者が取り残されているのであれば、残存した2階居室に一次進入し、2階の床、1階の天井を突破して1階へ進入を図る。訓練に使用するモジュールは鉄製の骨格に、実際の建物構造と同じ床や天井のパネルを設定し、切断などを行った後は新たなパネルに交換することで繰り返しの訓練が可能だ。この機能やリアルに再現された木造倒壊建物という環境を活かし、訓練では時間の限り破壊や救出の訓練が実施された。

 今回の訓練のもう一つの注目ポイントが「挟圧解除」というテーマだ。兵庫県下消防長会救助技術研究会作業部会が2022年度に研究を行い、2023年には第16回日本地震工学シンポジウムでも発表が行われ注目を集めているのが、倒壊建物内の要救助者の新たな挟圧解除手法だ。
 従来は要救助者を圧迫する障害物は上に取り除くというのが定石だった。これはアクセスしやすい上面から順次障害物を取り除いていくシンプルな手法ではあるものの、実際に行うには時間を要し、狭隘空間であれば除去した障害物をどこに逃がすかという問題も生じる。こうした課題を解消すべく編み出されたのが、要救助者の下部を破壊するという手法だ。障害物を安定化した後、圧迫部位周辺の床面二辺(L字)もしくは三辺(コの字)をカットする。これにより要救助者の身体(圧迫部位)が下がり、挟圧が解除されるというわけだ。訓練では参加者がこの手法で実際にどの程度の挟圧が解除されるのか体験し、想定訓練でもこの手法を用いた救出を実施した。

リアルな環境で実施される木造倒壊建物からの救出訓練。

 進入時の開口や挟圧解除のための床面切断では、床仕上材とその下の合板、根太をまとめて切る。ここで発生する木くずが活動障害となる。狭い木造倒壊建物内での切断には充電式の電動工具が主戦力となるため、コンクリートブリーチングのように水をかけて飛散防止を図るといった手段はとれない。また、堆積した木くずや切断面に生じるバリ(ささくれ)は想像以上に鋭利で、活動時に身体に刺さることもある。ある意味でコンリート粉塵よりも飛散を抑制しにくく、様々な形で障害をもたらす厄介な存在と言えるのだ。そこで、発生した木くずは可能な限り除去し、飛散拡大させないよう配慮することがアドバイスされていた。

 挟圧解除時の床面切断については、要救助者への配慮が不可欠だ。マスクやアイプロテクターの装着はもちろん、要救助者の直近で切断を行うことから保護が必要になる。これについては、その場にある板材などをシールドとして活用する。要救助者とのクリアランスが確保できないといった状況であれば、電動工具ではなく手ノコを用いるなど、現場状況に加えて要救助者の反応にも注視して切断を進めるようレクチャーされた。

 木造倒壊建物への進入要領やその内部からの救出要領といった、いわゆる木造CSRMスキルは、実環境に近い訓練環境で行わねば得られぬ内容が多分にある。1階部分が倒壊した木造建物の状況をリアルに再現した上で安全に訓練を行うことができる「Rescue Training Module」は、今まで行うことができなかった実践的な訓練を可能にする唯一無二の存在と言える。同モジュールを開発した株式会社減災ソリューションズでは、自治体・消防・警察・医療機関・教育機関などとの連携を深め、こうした訓練会を全国的に広げていく予定だという。また、消防団や自主防災組織(地域住民)向けの共助訓練への活用も可能で、地域防災力の底上げにも効果が期待されている。

 救える命を一つでも多く救うための新たな取り組みに注目が集まっている。

 

  • 木造倒壊建物へのアプローチとして、倒壊メカニズムや構造評価といった基礎知識、救出手法などが座学でレクチャーされた。
  • 訓練に先立ち、起震台にて過去の地震で起こった揺れを体感する。
  • 使用する充電式電動工具の取り扱い訓練。状況や対象物に応じて使い分けるべく、切断系だけでも4種類が用意されている。
  • 床面開口の前に、畳など除去できるものは除去する。
  • ドリルでサーチングホールを設定し、下部の状況を確認する。
  • 根太の位置などを想像しながら切断ラインを決める。
  • 電動チェーンソーによる床面切断。そのまま切り始めることができ、深く切り込めるので根太なども一括して切断可能。
  • 電動レシプロソーによる床面切断。深く切り込め切断速度も速いが、切断起点として別途ドリルでの穴あけが必要。
  • 電動丸ノコによる床面切断。そのまま切り始めることができるが、刃の半径程度しか切り込めないため根太に切り残しが生じることもある。
  • 電動マルチツールによる床面切断。そのまま切り始めることができ、作動音も比較的静か。他のツールに比べると切断に時間を要す。
  • 床面の開口が完了したら、続けて下階の天井材を切断し進入口が完成する。
  • 完成した進入口より座屈した1階に入る。空間の狭さや障害物の多さなどを体感する。
  • 挟圧解除の体験。胸に重みを感じる程度の高さで梁を固定し、あらかじめ左右と頭部側の3辺をカットした床材を押し下げる。これにより挟圧が解除される。
  • 梁は安定化しているので写真のように重みを加えても要救助者を圧迫することはなく、救出を行うことができる。
  • 小屋根を突破し、小屋裏から1階へ進入を図る想定。
  • 1階に進入し検索した結果、挟圧状態で自力脱出が困難な状態の要救助者を発見。即座にバイタルチェックを行う。
  • その場にあった板材をシールドとして要救助者を守り、電動チェーンソーを活用して挟圧解除のための床切断を行う。
  • 挟圧解除に成功。要救助者を安静な体位にしつつ救出を図る。
  • 毛布を活用して要救助者を小屋根開口部から救出。
  • 想定訓練。2階居室の床を突破し、1階に進入したところで挟圧状態の要救助者を発見。
  • 床面2辺を切断し挟圧解除に成功。

 


 

本記事は訓練などの取り組みを紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する内容は当該活動技術等に関する全てを網羅するものではありません。
本記事を参考に訓練等を実施され起こるいかなる事象につきましても、弊社及び取材に協力いただきました訓練実施団体などは一切の責任を負いかねます。

 


 

取材協力:株式会社減災ソリューションズ/日本大学船橋キャンパス

写真・文:木下慎次


初出:2025年7月 Rising 夏号 [vol.38] 掲載


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