[初任教育最前線] 静岡県消防学校 ホットトレーニングで火災を学べ!


 
予防消防の強化により、火災件数は減少傾向にある。喜ばしい傾向であるものの、その一方で若手職員の現場経験が絶対的に不足しているという現実もある。そうした中で、住宅建材の変化により、火災エネルギーの増大や気密性向上に伴う火災性状の変化、消火困難性の拡大などへの留意が必要となり、さらに、消防職員は内部進入活動、つまり熱環境下での活動が必須となる。これらの現実を踏まえ、近年では火災性状や基礎的消火理論の理解、注水技術等について実践的に体験しながら理解し習得する教育が注目されている。それが実火災体験型訓練「ホットトレーニング」だ。
ホットトレーニングは一般火災の性状変化、火災現場と同様の熱・煙、注水による熱気、環境の変化を体験することを目的とし、コンテナなどを活用した専用施設内で木材を実際に燃焼させ、その中に身を投じて訓練を実施する形となる。消防大学校では平成24年度にこの訓練手法を導入し、幹部科、上級幹部科、救助科、警防科、新任教官科などで実施しており、一部の消防本部や消防学校においても施設を整備し、教育に活用しているところだ。

火災性状確認

静岡県消防学校では昨年度の初任教育、そして今年度からは初任教育に加え各専科教育においてホットトレーニングを取り入れる。過酷にして現場で遭遇する機会が高い一般火災のリアルな状況。これを消防学校で経験しておくことで、火災を正しく理解し、正しく怖がることで安全な任務遂行を目指すという狙いもある。同校では耐火造建物を想定し、12mのコンテナ3個を連結させた施設を整備。この内部で木材パレットを燃焼させ、ドアコントロールや注水により燃焼状況などの火災環境を調整する。
完全防火着装状態の学生たちはコンテナ内に入るとまずは素面の状態で座り、準備されたパレットに点火する。燃料(パレット・可燃性固体)に火を着け、火災の三要素+継続的な化学反応が確立する。そして燃料が自ら継続燃焼を始め、火災初期の状況が再現される。火災の成長と共に熱気ガスの発生・滞留が始まる。ガス、煙、炎の熱による上昇流の柱「プルーム(熱上昇流や熱柱とも呼ばれる)」は天井などに衝突すると水平方向(同心円状)に流れる。この比較的薄い熱気流を「シーリング・ジェット(天井ジェット)」という。一般的に火災は発生した後に覚知し、消防部隊が投入される。つまり、点火からシーリング・ジェットが起こる初期の初期を目の当たりにする機会は貴重であり、火災の成長を理解する上でも重要といえる。

環境を味方につける

学生たちはこの段階で面体と防火フードを着装し、火災の成長を引き続き観察する。成長期に至るとプルームに空気が引込まれ、室内の上部から高温のガス層が形成される。複数のガスの熱成層が形成される現象「サーマルレイヤリング」により、室内の最上層が最高温度(約300度)、最下層が最低温度(約100度)となる。また、この現象は「サーマル・バランス」ともいわれ、放水等により崩壊した状態を「サーマル・インバランス」という。放水は極力短く行えと指導されるのはここにある。
放水によるかき混ぜはもちろん、蒸気となった消火水が再び液化すると煙や熱が急速に床に向かって降下し、その後あまり動かなくなってしまう。つまり、熱成層の崩壊は活動可能な最低温度層を自らで消滅させることになるのだ。さらに、無秩序な放水は視界も奪い去る。
高温ガス層の体積と温度が上昇するにつれ圧力も増し、高温ガス層は下降する。また、下層の低温ガス層は成長を継続しているプルームに引込まれるため陰圧となり、開口部などから空気が流入する。この時の高温層(陽圧)と低温層(陰圧)の圧力差がない状態のことを「中性帯(ニュートラル・プレーン)」という。火災現場にてまず内部状況を確認するのに用いられる、視界の開けた層がこれだ。これら耐火造建物火災で起こる現象を無視して水を打ち込んでしまうと、後の活動が困難になるのはいうまでもない。時間の経過により火災現場がどのような表情を見せるか。これを知ることで、自らがとらねばならない行動も感覚的に理解できる。

ロールオーバーと対峙

これまでに発生した可燃性ガスのうち、燃焼しきれていないものが天井付近に蓄積する。このガスが加熱されると、圧力によりまだ燃焼が起こっていない部分(火災にあっていない場所)へと押し出され、そこで酸素と混合し、燃焼条件が満たされるとガスの燃焼が始まる。これにより炎が天井をなめるように急激に広がる現象が「ロールオーバー(フレームオーバー)」だ。フラッシュオーバーの大きな予兆のひとつであり、火災の拡大を示すサインといえる。ロールオーバーはガスだけが燃焼し室内の内容物は燃焼していない冷却注水により上層の可燃性ガスを発火点未満に冷却すればロールオーバーは鎮圧でき、燃焼物を消火すれば原因となるガスの発生を抑えることができる。この状態からさらに進展すると、室内の可燃性物質や熱分解によって生成するガスがほぼ自発的に発火し、部屋全体に影響が及ぶ「フラッシュオーバー」に至る。これにより区画内の可燃性物質の表面すべてに着火し、火災は拡大期から最盛期へ一気に移行し、全面火災となる。ホットトレーニングではその一歩手前のロールオーバーまでを体感するわけだ。
この訓練では火災性状や消火技術などを知ることがテーマとなっているが、同時に、消火活動時における身体管理(熱中症予防や水分補給の重要性)を再確認すること、さらに、火災環境や閉所空間に身をおいた際の、自身のストレス度の把握などもポイントとしている。従って無理強いはせず「不安や不調を感じたものは直ちに脱出しろ」と事前指示が与えられている。コンテナ内でロールオーバーが起こる頃には、多くの学生が脱出を図っていた。濃煙熱気の中、目前には炎を上げる燃焼物がある。これを面体越しに目視し続けることは、確かに恐怖を感じるだろう。この恐怖が、実際の火災現場では身を守るリミッターとして役立つのである。
 

  • ホットトレーニングを前に緊張した面持ちで整列する学生たち。
  • 静岡県消防学校のホットトレーニング施設。コンテナ3個を連結させ耐火造建物の一室を再現している。
  • 熱の伝わり方を体感するため、学生らは事前に片手のみ濡らす。
  • 互いの装備着装状況を確認し合うと、いよいよトレーニングが始まる。
  • 燃焼物となるパレットに点火。しばらくすると天井方向へと炎が走り始める。
  • ガス、煙、炎の熱による上昇流の柱「プルーム」が天井に衝突し、「シーリング・ジェット」として横方向に広がる。
  • 炎の先端が天井に達し、横方向に進み煙の中に炎が見えるロールオーバー現象。実際の火災環境の中に身を置き、体感する学生たち。
  • 濡れた手を上げ熱気層に入れると熱さをすぐに感じる。水により熱伝導率が高まっているためだ。防火装備をドライに保つ必要性を身をもって知ることができる。
  • コンテナ内には中性帯が形成されている。高温ガス層が下降してきているが、開口部などから空気が流入する低温ガス層から学生の姿が確認できる。
  • 脱出を図る学生たち。「グローブをとるな!個装にさわるなよ!!」想像以上に熱くなった装備による熱傷を避けるため、教官が注意を促す。
  • 学生らが脱出した後、教官により各種注水要領の展示が行われる。
  • フラッシュオーバーの兆候を確認した場合に実施する「攻撃的冷却注水(アグレッシブクーリング)」。写真はノズル角60度の噴霧を上方に向ける「スポット注水」と呼ばれるもの。熱成層を崩さないよう出来るだけ短時間の注水を数回行い、熱を吸収させガス冷却を実施する。
  • 直接消火を目的とする「ダイレクト・アタック」。近距離から火災基部を定点注水やストレート注水で叩く。

 


 

本記事は訓練などの取り組みを紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する内容は当該活動技術等に関する全てを網羅するものではありません。
本記事を参考に訓練等を実施され起こるいかなる事象につきましても、弊社及び取材に協力いただきました訓練実施団体などは一切の責任を負いかねます。

 


 

取材協力:静岡県消防学校

写真・文:木下慎次

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