大和市消防本部が取り組む ホーストレーニング

年代を問わず皆で取り組めるのもホーストレーニングの魅力。

 今から十数年前、耐火造建物での火災対応用にガンタイプノズルと小口径ホースが採用され始めると、ベランダや玄関前廊下といった狭い場所でホースを整然と展開し、その後の進入を容易にするために用いられる「狭所巻き」の事前設定・変換手法、ホース延長について各地の消防本部にて研究が行われるようになった。こうした研究はそれぞれの地域の実情に合わせて組み立てられた戦術を安全で迅速に、効率よく行うための手技として突き詰められており「応用技術」といった位置づけに近い。
 こうした中で、基本中の「基本技術」を磨くための手法として注目を集めているのが、神奈川県の大和市消防本部が取り組んでいる「ホーストレーニング」だ。

大和市消防署長 中丸剛仁消防監

 消防隊員が火災現場で行うホース延長だが、よくよく考えてみると消防操法の基準において「二重巻きや折りたたみの作成」や「手びろめによる延長」といった「入門技術」について明示はされているが、説明はシンプルで活動中に必要になる「ホース整理」といった要素は触れられていない。現場で必要になる入門技術以上、応用技術未満の基本技術については、内容や指導方法もあいまいな部分が多かった。以前は所属訓練において先輩から基本技術について指導を受け、出動した火災現場での実戦において経験に昇華させスキルを身につけるという流れがあったが、近年では日常業務も多岐にわたり訓練に割く時間も限られ、火災件数も減少してきている。
「火災件数が減少するとともに、消防吏員の災害経験にも変化が現れている。私たちが新人だったころの方法は今の時代にはマッチせず、火災防ぎょのプロフェッショナルを育てるのには限界がある。そこで、新たな仕組みを模索した」(大和市消防署長・中丸剛仁消防監)
 また、昭和の時代から長らく続く「訓練の意味や意図などを考えることなく、がむしゃらに突き進み、上司や先輩の言う事に従えばよい」という風潮も、今では通用しない。日々の訓練も、何のためにやるのか、何故このやり方でやるのかの説明を、若い消防吏員達は当たり前の事として求めてくる。それに対して上司や先輩が明確に、根拠をもって説明できなければならないわけだ。また、毎日、短い時間で、若手が一人でもロープを触るような感覚でホースを触り訓練できるような仕組みも必要。こうした考えのもと、時代に合った訓練法として辿り着いたのがホーストレーニングなのだ。

ホーストレーニングには廃棄(穴あき)ホースを有効活用。

 大和市消防本部では平成29年より取り組みを開始。まず、各地の消防本部で行われているホース延長などに関する取り組みについて視察を行い、創意工夫されている各地の技術を積極的に学んだ。
「他の消防本部のよいところを取り入れようと、学んだ技術を自隊でも試すなど検証していった。大和市の地域特性や部隊構成、火災防ぎょ戦術などを考慮して、当消防本部に適した内容としてまとめ、現場活動に生かしている」(藤森玄二消防司令)
 ホースに関する知識や技術を習得するために実施する基本の訓練と位置付けるホーストレーニングは、ホースの破断により現場活動に支障を来すことがないよう、ホースをきれいに延長し、積極的に整理することによって、活動時に多く見られるホースのV字破断を未然に防ぐことを主眼としている。
 ホーストレーニングでは、ホースの基本延長から応用延長、ホース整理の訓練の流れをバターン化。「二重巻きホース延長」「折りたたみホース作成」「抱え延長」「Z延長」「V延長」「つまみコイル整理」「下巻きコイル整理」「二重巻きホース撤収」の8種目を反復して行うことで、ホースの取り扱い方を習熟することを目指す。反復訓練では廃棄(穴あき)ホースを活用して行い、早く、きれいにできるようになったら通水可能なホースで実施。実際に通水し、ホースの挙動やV字屈曲がどういう場合にできるかなどに意識を向ける。
 次のステップとして行うのが「ホースバッグ延長」。大和市消防本部では小口径ホースとして50㎜ホース(耐熱・耐摩耗性ホース)を採用しており、これを2本収めたホースバッグによる延長方法を訓練する。延長方法はホーストレーニングで訓練した内容とリンクさせることで、さらに理解が深まるというわけだ。
 最終ステップが通水したホースで行う「ホース整理・展開」。進入するときにホースを力いっぱい引くことなく効率的に延長していく方法や、次の活動にスムーズに移行するための方法を訓練する。
 このように、内容に関してはシンプルなものになっており、火災現場対応時に必ず行う動作が網羅されている。

折りたたみ幅に決まりはなく自隊のバッグに合わせればいい。

 ホーストレーニングを通した一連の訓練により隊員間の共通認識を深めることで、円滑な現場活動が実現できるようになる。現場到着時、隊長は「ドアが開いてる!V(延長)!!」と下命さえすれば、サイズアップ(現場一巡)して戻ってきた時にはドア前にホースが用意されているという感じだ。また、ホース延長を下命されたとしても、新人であればどのようなホースの流れとするか迷いがちだ。しかし、V延長というオーダーであればどのような流れにするのかも理解でき、「火点直近で後方にしか延長できないときに用いる方法」だから「ドア前は狭い」という状況もイメージできるというわけだ。さらに、今までは名前すらなかったホース整理について、手法を確立させ名前を付けることで「何」を行うかが誰にでもわかるようになった。
 活動の進展に合わせ、適宜ホースを延長・整理することで、何本ものホースが入り乱れて水が来なくなるといったリスクや、撤収時の知恵の輪を解くような苦労からも解放される。また、若手にとっては「やること」が明確になったため現場で焦ることがなくなり、心の余裕ができ、視野を広くとれるようになったと効果を話してくれた。このように、あらゆる場面で効果を実感できるのもホーストレーニングの特徴といえる。
 救助隊や救急隊と違い、訓練法のバリエーションが限られていた消防隊。ホーストレーニングは、そんな消防隊の実情にマッチした訓練法として注目を集め、各地の消防本部や消防学校でも取り入れる動きがでてきている。

 

ホーストレーニング

  • 二重巻きで保管されているホースを展開。
  • 各延長を行うごとに折りたたみホースの作成を行う。
  • 脇に抱えたホースを落としながら延長する抱え延長。
  • Z延長はメス金具側から1/3の部分とオス金具を持つ。
  • 折りたたんだホースの1/2の部分を取り延長するV延長。
  • 折りたたみホースをコイル巻きに変換する方法。
  • 引き込みと同時にコイル巻きを作成する方法。
  • 締めくくりは基本の二重巻きを行う。

 

ホースバッグ延長

  • 65mmの元ホースを延長。機関員が余裕ホースを引き出す。
  • 50mmの先ホースを携行しつつ、元ホースの状況を確認。
  • 必要な長さを延長したら分水器を接続し、通水を行う。
  • 元ホース隊員が準備した分水器に50mmホースを接続。
  • 前方に空間が確保できればZ延長。ホースの1/3の部分とオス金具を持って引き出しながら前方に延長する。
  • 狭隘な場合はホースの1/2の部分を持って後方に引き出しV延長で対応。
  • V字屈曲を防ぐため、折り返し部分は肩幅程度に開く。こうした手間が安全な活動につながる。
  • 折りたたみホースからコイル巻きに変換するため、オス金具側から2つ飛ばしで取り上げていく。
  • 先ホース隊員がコイル巻きを作成する間に、元ホース隊員がV延長を実施。

 

ホース整理・展開

  • Z延長で通水後にコイル巻きでホースを整理する方法。次の活動へ移行しやすくする。
  • V字屈曲がないか確認しながらコイルを作成し、積み重ねることで整理を行う。
  • 余裕ホースをコイル巻きで確保した際、ノズルが前進すると発生するV字屈曲を回避する方法。
  • V字屈曲は概ね決まった場所で発生する。
  • このまま引きずってしまうとV字破断が起こる。
  • 屈曲部を持ち上げ、軽く補助して引きずりを防ぐ。
  • 狭隘な場所においてコイルを立てて転がし、余裕ホースを移動させる方法。
  • ノズル付近まできたらコイルを倒す。このコイルの分、ノズルの前進が可能になる。
  • 進入したホースを引き戻す際、コイル巻きにて整理していく方法。2名の隊員が連携して行う。

 

 


 

 

 

 

 

 

※これら動画は本記事の補足用に撮影したもので、書籍「ホース延長・整理がうまくなる ホーストレーニング 」(東京法令出版)に収録されている動画とは異なります。

 


 

取材に協力いただいた大和市消防署南分署消防隊の皆さん

 


 

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本記事は訓練などの取り組みを紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する内容は当該活動技術等に関する全てを網羅するものではありません。
本記事を参考に訓練等を実施され起こるいかなる事象につきましても、弊社及び取材に協力いただきました訓練実施団体などは一切の責任を負いかねます。

 


 

※いずれの写真も撮影時のみマスクを外しています。

 


 

取材協力:大和市消防本部

写真・文:木下慎次


初出:2021年10月 Rising 秋号 [vol.23] 掲載

 


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