ドア開放訓練 2023

 近年の住宅建物は快適性を向上させるべく、気密性を高めることで防音や断熱といった性能を実現している。加えて、防犯面の強化としてロック機構も進化。従来からの木製ドアだけでなく、様々な種類の高性能・高機能なドアが一般化している。平時は快適で安全な仕様ではあるが、丈夫がゆえに「施錠されたドア」は火災などの災害発生時に活動障害として隊員の前に立ちはだかる。こうした現実を踏まえ、欧米ではドアを突破して進入するための「Forcible Entry Training」(強制進入訓練)が定着しており、スタンダードスキルとして初任の頃からトレーニングが行われている。日本においても近年では強制進入技術の重要性が着目されるようになり、その技術を養う自主勉強会が盛んに開催されるようになった。

 ドア破壊の訓練を行うのなら、実際の建物の中に据え付けられたものを使うのが効果的。今回の訓練会場となったのは倉敷市児島にある「児島聖康病院」の旧建物。2023年4月に新築移転したことで旧建物の取り壊しが行われることとなり、病院側の快諾を得られたことから今回の訓練が実施される事となった。

講師を務めた「Japan Forcible Entry 韋駄天」リーダーの一ノ宮健氏。

 病院建物ということでドアは無数にあり、さらに、レントゲン室などには放射線遮蔽を目的とした強固なドアもある。なかなか経験することができない訓練環境を確保できたことから、岡山県内の消防職員有志が集結。また、講師(アドバイザー)として消防職員有志らにより全国規模で活動を展開するドア開放の研究会「Japan Forcible Entry 韋駄天」にも声掛けを行い、所属を超えた大規模な勉強会が開催された。

 最初にアタックするのは、最も強度が高い「SDフラッシュ」と呼ばれるドア。フラッシュ=表面が平滑という意味で、厚さ1・6㎜程度の鉄板が2枚合わせ。さらに中に補強材が入っており切断を行う際には注意が必要になる。また、一般的なドアの厚さが4㎝なのに対し、このドアはそれよりも厚さがある6㎝のタイプ。寒冷地仕様や高断熱仕様として一般住宅用の分厚いドアも存在はするが、全国的に見ればレアなドアと言える。これをバールなどのツールを使って開放する。

 ドアと戸枠の隙間にバールなどを刺し入れて、テコの原理で開放を行う。言葉にすると単純であるが、実施はそう簡単ではない。ただ刺してこじったところでドアは開くわけもなく、厚み分の深さの先にあるドアのエッジをバールなどの先端でキャッチし、力を加える必要がある。そこでポイントになるのがツールの厚さ。ハリガンツールの場合、アッズ(先端の平たい部分)でも相応の厚みがあるのに対し、バールのテール側にあるスクレーパーは薄い。また、ツール自体の総重量もバールの方が軽いため、火災現場においてもホースやノズルとあわせて携行することが可能になる。講師を務めた韋駄天の一ノ宮健氏によればこの携行性が重要で、同チームではあえて市販のバールやアックスを活用しているという。ちなみに、バールを打ち込むのはハンマーでも良さそうだが、ウェッジとして間隙拡張にも使える点を考慮してアックスのほうが便利ということだ。

 午前中、参加者たちはバール、そしてフィーリングの違いを体験する意味からハリガンツールなどを活用し、手道具によるドア開放を実施した。

 午後はエンジンカッターを用いた手技を実施。エンジンカッターに限らず、チェーンソーなどあらゆる切断器具は、刃で物体を切断する際に器具も対象物も完全固定で行うのが基本。エンジンカッターも完全固定がベストだが、手持ちで使用するのだからそうもいかない。そこで、作動時のジャイロ効果や切断時のキックバックから回避できる安定した持ち方がレクチャーされた。

 まず切断を行うのは、会場に持ち込んだ「LSD(ライトスチールドア)」だ。近年のマンションなどで多く使われているタイプで、0・6㎜厚の鉄板2枚合わせで断熱や強度を増すため間にペーパーハニカム材が入っている。薄くて軽いという特性があり、切断に際しては刃を入れればどこでも簡単に切れる。全員がLSDの切断体験を済ませたところでレクチャーされたのが、SDフラッシュの切断対処法。LSDとは反対にやり方次第ではなかなか切断できないのがSDフラッシュ。最大の注意点は補強材の存在であり、その位置の割り出し方などが説明される。この補強材は表面材と同様の1・6㎜厚の鉄板をコの字型にして入れられており、切断時に4枚分の6・4㎜を切らねばならなくなり切断時間がかかってしまう。一般的な補強材のピッチは20㎝程度なので、横や斜め方向に切って当たってしまうのは仕方ないが「縦に切らない」というのが定石となるのだ。このレクチャーを踏まえ、参加者らは建物内のSDフラッシュの切断を実施。他にもアルミ製のドアを切断するなど、種類により異なる感覚を体感した。

 災害現場において対峙することの多い「施錠されたドア」という活動障害。活動の初手で出鼻をくじかれると、不安感が一気に襲い掛かり、思わぬトラブルを招きかねない。強制進入訓練では手技や知識を養うだけでなく、確実に開けられるという自信をつけることで不安を排除し、迅速かつ安全な活動を実現できるという効果もある。時間の限りドアの破壊を繰り返した参加者たちも、確かな手応えを感じ取ったようだ。

 

ドア開放に使用する主なハンドツール

  1.  P7 Multi Pry
    ドア開放を主眼として作られたツール。シャフト部分が高強度のパイプ状になっているので強度を保ちながら軽量であり、携行性に優れている。楔形ヘッドの薄さもポイント。
  2.  Lバール
    市販のバール。バール側がL字(鶴首)になっているため保持しやすく、スクレーパー側は薄く間隙に刺し入れやすい。長さ750mmで重量1420gと軽く、携行性に優れている。
  3.  ハリガンツール
    ドア開放の代表的ツールとして知られるハリガンツール。写真は一般的なモデルで、アッズ・フォーク・パイク・シャフトが一体鋳造して作られたものが多く、重量がある。
  4.  グラスファイバー柄アッキス
    市販のアッキス。グラスファイバーハンドルなので重量が軽く携行しやすい。写真のモデルで全長約300mm、ヘッド重量約600g。
  5.  グラスファイバー柄アッキス(長柄短尺加工)
    市販のアッキス。約1400gのヘッドを備えた700mmの長柄タイプを、携行性とハンマー的な打ちやすさを考慮して短く加工している。

 

バールをカスタマイズする

実際に間隙に刺し入れるスクレーパー部。どの程度入ったかを把握するため、一般的なドアの厚さを考慮して先端から4cmの部分に目印のマーキングを掘り込み、墨入れを行って見やすくしているのがポイントだ。

 

実技訓練

  • 取り壊しが行われる病院建物を会場に訓練が行われた。
  • 扱いやすい市販バール&アックスによるドア開放の説明。
  • バールのスクレーパーを刺し入れ、どの位置に力を加えるかが伝えられる。
  • 解放後のドア。スクレーパー部が接して力がかかった位置がよくわかる。
  • 煙返しが備えられたドアは、そのままでは戸枠との隙間にアクセスできない。まずは除去を行う。
  • ドアと戸枠の隙間にハリガンのアッズを刺し入れる。
  • テコの原理により力を加え、ドアの開放を図る。
  • アルミ製のドアは開放しやすそうだが、写真のドアはセットバックして取り付けられているため開放しにくい。
  • ツールが干渉する建物側の一部をアッキスで破壊してみる。
  • ツール先端のクリアランスが完全に確保できないため、全力でアタックしてもやはり開放は困難なままで時間が過ぎてゆく。
  • 2人掛かりでのアタックを試みて、ようやく開放に至る。時間もマンパワーも奪われるため、こうした構造の場合は他の方法を試みるのがベター。
  • エンジンカッター使用時の注意点について説明が行われる。
  • エンジンカッターにてLSD(ライトスチールドア)の切断を行う。
  • エンジンカッターを使用する際は、機体が揺れ動かないように身体を使って機体を固定するように保持する。
  • エンジンカッターでの切断時は室内側にも火花が飛散する点も考慮が必要。
  • 強度が高いSDフラッシュに3辺カットを行う。
  • SDフラッシュに入れらたコの字型の補強材。
  • SDフラッシュに4辺カットを行う。

 

 


 

本記事は訓練などの取り組みを紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する内容は当該活動技術等に関する全てを網羅するものではありません。
本記事を参考に訓練等を実施され起こるいかなる事象につきましても、弊社及び取材に協力いただきました訓練実施団体などは一切の責任を負いかねます。

 


 

取材協力:岡山県内消防職員有志/Japan Forcible Entry 韋駄天/児島聖康病院
写真・文:木下慎次


初出:2024年1月 Rising 冬号 [vol.32] 掲載


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