埼玉県消防学校第39期救助科:土砂災害訓練

 埼玉県消防学校第39期救助科における土砂災害対応に関するカリキュラム強化の集大成として実施されたのが、校外研修IIIの「土砂災害」だ。

 今回の訓練では埼玉県鴻巣市の建設会社である株式会社河野組の協力を得ることができ、資材置き場と保管する建設発生土を活用させてもらい、本格的な訓練を行うことができた。

 また、訓練会場のキャパなども踏まえ学生らを半々に別け、9月30日と10月1日の2日をかけて実施した。

 

座学

 まずは座学からスタート。土砂災害に関する基礎知識や、これから実施する土砂災害対応技術の手技等についての確認が行われた。

 土砂災害の現場で目に見えている斜面は、「生き残った斜面」である。活動中に、遅れて発生する再崩落や土石流などの事象に巻き込まれるリスクが極めて高い。こうした点にも十分注意を払い、緊急退避場所の設定や伝達方法の周知といった対策が不可欠となる。

 また、安全管理の面では、PPE着装の徹底についても説明がなされた。土壌には、1gあたり10億を超える細菌が存在しているといわれており、これら細菌類や微生物に起因する感染症への対策が不可欠である。侵入門戸となり得る目、気道、皮膚に対する感染防御策の徹底はもちろんのこと、待機場所の汚染を防ぎ、衛生環境を維持するための除染(デコンタミネーション)の重要性についても説明があり、この日の訓練においても徹底するよう指導された。

 土砂災害現場での活動は、活動区域が広大となり、長時間に及ぶことが多い。そのため、集中力を切らさず、体力の維持に留意する必要がある。そこで重要となるのがローテーションである。限られた人員であっても、ローテーションを組み、休むときはしっかり休むことが重要である。これが結果として、救出までの時間短縮や事故防止につながると説明された。長時間の活動において、常に気を張った状態では、心身ともに持たない。日頃の現場対応以上に、「スイッチのオン・オフを意識する」ことが必要であり、この日の訓練で個々が意識的にスイッチの切り替えを行うようにとの助言があった。

 一方で、土砂災害は社会的関心も高く、隊員が一般市民の目に触れる機会が多くなる。活動中はもちろんのこと、休息中においても、「救助隊員の立場を自覚した行動」を取るよう指導された。

 

 

強歩訓練

 訓練会場は埼玉県消防学校から約4kmの位置にある建設会社の資材置き場。そこまで、学生と担当助教官は強歩にて向かう。

 能登半島地震においては、道路寸断により車両での接近ができず、緊急消防援助隊が徒歩にて約1時間かけて山越えを行い、土砂崩落現場での行方不明者捜索に従事したケースもある。

 こうした活動サイトへの到達が困難なケースや、別サイトから転戦しての対応といった「体力的な負荷のかかった状態での活動開始」を体験するため、強歩訓練が盛り込まれた。

 

一方向掘削の訓練 [Aサイト]

 一方向掘削は、集中豪雨に伴う土砂崩れ等、比較的湿った土質で、傾斜面に埋没した要救助者を救出する際に、一方向(片面) を溝状に掘削する手法。多くの掘削人員を配置することや重機を併用することが可能であり、 迅速な救出活動に繋げることができる。

 一方向掘削を行う際の人員配置は、山側の要救助者直近に手掘り隊員、その後方に掘削隊員、さらにその後方に流し隊員というように並ぶ。手掘り隊員が要救助者周辺の手掘りを行い、掘削隊員は手掘り隊員が掘削した土砂の排出先確保と土圧の排除を目的として、ショベルによる積極的な掘削と排出を実施。流し隊員は排出された土砂が活動障害となったり要救助者を圧迫したりせぬよう、後方へ流す。

 また、流し隊員に比べ、手掘り隊員と掘削隊員は体力を消耗するため、それを踏まえたローテーションを実施。活動が長期間となる場合は、活動隊自体のローテーションも実施して、隊員の疲労回復に努めるようにする。

  • 進入隊員は、要救助者への直接的な圧迫を緩和するため、グラウンドパットを設定して活動を実施。要救助者の観察などを行いながら、手掘りにて呼吸抑制の解除を図る。
  • 掘削方法と合わせてレクチャーされたのが応急土留め(一文字)の設定方法。杭を用手で保持するとハンマーによる受傷のおそれがあるため、スコップの取っ手などを活用する。
  • コンパネを打ち込む際は、割れを防ぐためにあて木を添える。
  • 要救助者の頚椎保護、PPE装着などを実施。呼吸抑制解除に続け、爪付手袋を活用して要救助者周辺の手掘りを継続する。
  • 掘削隊員は手掘り隊員が掘削した土砂の排出先確保と土圧の排除を目的として、ショベルによる積極的な掘削と排出を実施。
  • 流し隊員は排出された土砂が活動障害となったり要救助者を圧迫したりせぬよう、排出された土砂を後方へ流す。

 

安息角掘削の訓練 [Bサイト]

 安息角とは粒状体が崩れないで安定しているときの水平面からの傾斜を言う。地盤工学の分野では、砂や礫などの粘着力の無い土の斜面が安定を保ちうる最も急な傾斜角を指すのだが、消防においては「土砂等が安定している角度」を安息角と呼んでいる。

 安息角は土の種類や水の量によって大きく変わる。水が極めて多い場合や乾燥している場合には角度が小さくなるが、適度に水を含んだ状態だと大きくなる。また、掘削直後は安定していた斜面でも、乾燥に伴い崩れてくることがあるため注意が必要だ。

 安息角の考え方を用いると、掘削(移動)しなければいけない土砂の量を見積もることが出来る。例えば、安息角を30度としたとき、要救助者付近を約1mまで掘り進めるためには、計算上、水平方向に約 1.7mの位置から、円錐状に掘削していけば安息角が確保され、土砂が深部へ流れ込むのを抑えることができる。

 今回の訓練では安息角を意識した掘削として、要救助者を中心に円錐状(すり鉢状)に掘削を進め救出を行う形で訓練が実施された。

  • 進入隊員は、要救助者への直接的な圧迫を緩和するため、グラウンドパットを設定して活動を実施。要救助者へのPPE着装と呼吸抑制の解除を図る。
  • 情報収集の結果、要救助者の身長や埋没姿勢が判明。おおよその掘削範囲を割り出し、マーカー(切断ホース)で明示する。
  • 要救助者周辺の土砂を、手堀り隊員が爪付手袋を活用して掘削していく。
  • 手堀り隊員が要救助者付近の土砂を崩しつつ、スコップ隊員が土砂を排出する。
  • 掘削した土砂はバケツなどを活用し、要救助者から離れた場所へ搬出する。
  • 要救助者の下腿部までが開放されれば、 担架を準備し、担架収容を行う。

 

基本訓練・土圧の経験 [Cサイト]

 今回の訓練では、学生の体の一部を土砂の中に埋めて、要救助者にかかる土圧を体験するという訓練も行われた。

 土圧とは地中の構造物や埋設物が上下左右から受ける土の圧力のこと。埋没した要救助者に対し、周囲の土砂が水平方向に掛かる圧力のことで、全方位から要救助者を圧迫し、深いところほど土圧は大きくなる。

 救出活動ではこの土圧を解除するために早急な土砂の排出が必要になるわけだが、自らが土圧を体験することで、救助活動の質を向上させるのが訓練の狙いだ。

 訓練では活動隊員が不用意に接近した場合にどうなるか、グラウンドパット活用による土圧の変化、一見脱出できそうな状態で自力脱出や引き抜きは可能なのかといった点を、学生らが身を持って体験した。

  • 安座の状態で胸まで埋まった状態となり、体験を行う。
  • 土砂により常に胸が押されている状態となり、苦しさを感じる。また、冷たい土砂に体温を奪われていく感覚も体感した。
  • 活動隊員役が離れた位置から徐々に接近し、土圧に変化を感じたところで合図する。常に息苦しさを感じるが、近くで人が歩くとさらに苦しくなる。
  • グラウンドパットを使用した場合に土圧がどの程度緩和されるかの体験。
  • 折り畳んだブルーシートでも圧力分散ができる。
  • 活動隊員役2名が埋没者の引き抜きに挑戦。苦痛を与えるだけで救出することはできなかった。

 

基本訓練・検索活動 [Cサイト]

 土砂災害の現場においては、現場の状況や関係者の情報等を踏まえつつ、「要救助者のいる可能性の高さ」を判断基準として検索エリアの優先順位が判断される。

 優先順位が最も高いのが倒壊・埋没家屋。要救助者がいたと思われる家屋のがれき、生活用品等が表面から確認できればその場所の検索を優先し、がれき、生活用品等が確認できなければ発災前の家屋があった場所の検索を優先する。

 水分量が多い土砂の場合には、要救助者は家屋とともに流されている可能性が高く、水分量が少ない土砂が崩れた場合には、要救助者は家屋とともにその場所にいる可能性が高い。こうした傾向も踏まえ、車両内、家屋があった場所、泥流が流れ止まった場所、海面・海中などの順に検索が行われる。

 今回の訓練では、ゾンデ棒による地中検索を行う際の予備知識を得るべく、ダミーを埋没させ、ゾンデ棒が接触した際の感覚を体験した。

 

 

基本訓練・応急土留め [Cサイト]

 土砂災害において消防機関が実施する土留めは、掘削した際にかかる土圧の保持や、掘削部へ周囲から流入する土砂を留めることを目的として、容易に入手可能なコンパネや単管などを用いて簡易的な構造物を設定するもので、応急的かつ簡易的な対策として「応急土留め」と呼ばれる。

 傾斜地での応急土留めに用いられる手法は「一文字」と「V字」があるが、一文字についてはAサイトでの一方向掘削の訓練において、あわせて設定訓練を実施。V字についてはCサイトにおいて設定方法などが説明された。

 

 

基本訓練・フィックス線設定要領 [Cサイト]

 現場が転落の危険性があると思われる場合にはフィックス線を設定し自己確保を取る。設定は周囲に支持点がない場合、単管等を地面に打ち込み支持点を設定し、その間にロープを渡して作成する。

 隊員が土砂崩壊に巻き込まれた際に脱出や救出できるよう、自己確保を取っておくことも有効である一方、支持点自体が土石流等の再発生想定区域内に設定した場合、ともに流されることも考えられる。また、緊急退避の際に、逆に自己確保が隊員の退避を妨げる場合も考えられる。

 こうした点も考慮して現場の状況を判断し、その自己確保が何に対して必要であるのかをよく検討した上で設定の有無を決定する必要がある。

 

 

想定訓練 [D・Eサイト]

 これまでの訓練成果を試すべく、最後に想定訓練が実施された。

 想定は、10時間前に発生した地震により大規模な土砂崩れが発生し、住宅4棟が土砂に埋没、居住していた男女2名と連絡が取れていないというものだ。情報収集および検索活動の結果、目視確認には至っていないものの、DサイトおよびEサイトのそれぞれで要救助者1名が埋没していると判断された。学生らは2つの小隊に分かれ、各サイトで救助活動を展開する。

 使用する資機材の選択は学生らの判断に委ねられた。しかし、必要以上の資機材を活動サイトに持ち込めば、活動や緊急退避時の障害となる恐れがある。緊急退避の際は隊員の命が最優先であり、避難行動の妨げになる資機材は携行せず残置せざるを得ない。その結果、残置した資機材が土砂に飲み込まれ、以後の活動効率が著しく低下する可能性もある。こうした事態を防ぐため、必要最低限の資機材を投入し、使用しないものは事前に定められた場所へ集積管理することの重要性が指導された。

 各サイトには被災した住宅の屋根を想定した合板などが埋められており、その下に流入土砂に埋没した要救助者がいる。学生らは呼びかけへの反応を頼りに位置を特定し掘削を進めるが、なかなか要救助者の目視確認には至らない。こうした状況下では、目前の掘削動作に意識が集中し、体力的負荷も相まって、要救助者への声掛けや隊員間の確認呼称といった基本的な声出しが疎かになる。現場から次第に声が消えていく中、教官の「穴掘りをしているつもりか!」という怒声が突き刺さるように響いた。今行っているのは「作業」ではなく「人命救助」。そんな当たり前の事実を、過酷な環境がいとも簡単に見失わせてしまう。この想定訓練は、土砂災害の現場での活動がいかに過酷であるかを、身をもって理解させられる場となった。

 


△想定訓練の様子はこちらから△

 


 

 


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本記事は訓練などの取り組みを紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する内容は当該活動技術等に関する全てを網羅するものではありません。
本記事を参考に訓練等を実施され起こるいかなる事象につきましても、弊社及び取材に協力いただきました訓練実施団体などは一切の責任を負いかねます。

 


 

取材協力:埼玉県消防学校/株式会社河野組

写真:埼玉県消防学校/木下慎次

文:木下慎次


初出:web限定記事

 


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