壁面貫通消火戦術の基本と実践

 近年では高気密・高断熱の建築物が増加を続け、日本の消防は区画内火災への対応能力を向上させることが急務となっている。こうした中で、物理的に壁等に突き刺して微細な噴霧放水が行える専用ノズルが国内で採用され始めたことを受け、内部進入を図らずして火災室の環境改善や火勢鎮圧を実現するという「壁面貫通消火戦術」に注目が集まっている。

 日本においては切断ツールという認識が強いウォーターカッター装置も、壁面貫通消火戦術に活用される装備の一つ。JR西日本福知山線列車事故を教訓に、可燃性ガス等の充満した場所でも使用できる装置として、平成19年に総務省消防庁がウォーターカッター車を整備し、東京消防庁、札幌市消防局、名古屋市消防局、大阪市消防局、福岡市消防局の5本部に配備された。この装置は研磨剤を混入した高圧の水流で火花を出さずに対象物を穿孔・切断でき、水のみを使用すれば少量の水でのミスト消火も期待できる。しかし、導入経緯の通り切断ツールとしての認識が色濃いため、ウォーターカッター装置を用いた壁面貫通消火戦術について、国内で研究や訓練が行われる機会は皆無に等しかった。こうした現状を受け、同戦術について広い知見を持つ意味を込め、静岡県消防学校では平成30年11月16日に専科教育第13期警防科の教育訓練として、cobraを用いた壁面貫通消火戦術の基本と実践を学ぶ授業を実施した。

 国内初実施となる今回の授業は、イギリスから同戦術のトレーニングマネージャーとして活躍する現役消防隊員を講師に招き、消火活動における消防士への安全性や消火効率の向上、水損などの環境被害軽減を目的として、近年ヨーロッパで広まる壁面貫通消火戦術の基礎についてレクチャーを受けた。実践訓練ではコンテナ内に火災環境を再現し、壁面貫通消火戦術の一連の動きを行った。

 同戦術ではまず、指揮者が赤外線カメラを活用した360度全周の状況確認(現場一巡)を実施し、サーマルスキャンにより得た情報から戦術の構築と意思決定を行う。cobraの効果が期待できる状況であれば、火災ガスの冷却や火勢の制圧を狙うべく穿孔と放水を実施する。サーマルスキャンにより温度低下が確認された段階でドアを開放し、同時に加圧排煙を実施。これにより火災室に残る火災ガスや燃焼生成物、熱気、そして蒸気を除去する。これらを経て一定の安全が確保されたら内部進入を実施。火点に対する直接放水により鎮圧を図る。外部からの注水に使用するツールにより手順や効果に変化は生じるが、これが壁面貫通消火戦術の基本的なスキームとなる。

 質疑応答の時間には、1つの疑問について学生からの質問が集中した。穿孔を行うその先に人がいないことをどう判断するのか、いると想定した場合はどのように対処するのかという疑問だ。これに対しては現場一巡とその際の熱画像カメラの活用がポイントとなる。経験豊富な指揮者であれば、五感やサーマルスキャン情報から内部の状況を読み取ることが可能で、現実的にその先に生存者がいるかどうかを判別できるという。あわせて、穿孔を行う際に高い位置を狙うことで、床付近に倒れた要救助者は避けることができる。こうした考え方によりヨーロッパでは積極的にcobraの活用が行われており、要救助者を傷つけてしまうといったケースもないとのことだった。

 ヨーロッパにおいて同戦術が積極的に取り入れられているのは、内部進入に伴うリスク回避と安全性を向上させるために他ならない。こうした安全管理の面から見ても、壁面貫通消火戦術は高い効果が期待できる。手技や活動要領と等しく重要なこうしたコンセプトについてもレクチャーが行われ、学生にとって得るものが多い授業となった。

 

 

コールドカットシステムズ社製「cobra」とは?

今回の訓練に使用されたのはスウェーデンにあるコールドカットシステムズ社製の「cobra」と呼ばれる装置で、ウォーターカッター機能とミスト消火機能を併せ持つ。日本においては平成19年に登場したウォーターカッター車に同装置が搭載されており、貫通高圧水霧冷却消火装置とも呼ばれる。同装置を活用した消火戦術(cobra戦術)はヨーロッパの消防士達によって確立され、世界約40ケ国で実践されている。

Scan:赤外線カメラによりどの区画が何度になっているかを把握。これにより外から内部を見る。
Cool:適応ありと判断すれば冷却放水を実施。この間も指揮者は温度変化に注視する。
Clear:温度低下を確認したらドアを開放し、加圧排煙を実施。火災ガスや蒸気等を除去する。
Attack:環境改善が図られたところで内部進入を図り火点を叩く。先の冷却放水で鎮火に至っている場合は残火処理を実施。

  • 今回の授業はイギリスから現役消防隊員を講師に招き行われた。
  • 訓練前の取扱説明。難しい操作の必要はなく、感覚的に使用できる。
  • 学生による穿孔訓練。シャッターにわずか数秒で穿孔できた。
  • 空洞ブロックは2枚のフェイスシェルを抜く形となり、2分程度で穿孔が可能。
  • 防火扉への穿孔は実質2枚の鉄板を抜く形となるため迅速に対応が可能。
  • 厚さ1.2mmの鉄板は約10秒で穿孔できた。
  • 自動車ドアの穿孔。車両火災の際もボンネット開放をせず、穿孔し噴霧消火で対応が可能。
  • コールドカットシステムズ社製の「cobra」は、300barの圧力で毎分30Lまたは60Lの放水が可能。その水の90%が冷却の際に気化するため水損防止にも効果がある。
  • ハンドランスのトリガー部分。中央の黒い部分がグリップで、左側の青い部分が水用、右側の金属トリガーが研磨剤用。

約500度まで温度上昇したコンテナに対しcobraにて穿孔を行い、そのまま高圧ミストを送り込む。1分以内で内部温度が100度以下まで低下した。

 


 

本記事は訓練などの取り組みを紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する内容は当該活動技術等に関する全てを網羅するものではありません。
本記事を参考に訓練等を実施され起こるいかなる事象につきましても、弊社及び取材に協力いただきました訓練実施団体などは一切の責任を負いかねます。

 


 

取材協力:静岡県消防学校/三井造船特機エンジニアリング株式会社

写真・文:木下慎次


初出:2019年04月 Rising 春号 [vol.13] 掲載


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