注目の消防車両 CLOSE-UP! トイレカー

 全国で初めてとなる、トイレ機能に特化した消防自動車が東京消防庁で誕生した。
 トイレ機能を搭載した消防自動車と言えば支援車I型が挙げられるが、トイレは1基のみ。拠点機能形成車の場合は車両設備ではなくテント式の簡易トイレが10セット用意されているという形だ。いずれも車体が大きく、日常災害においてトイレを使うためだけに投入することや、広域応援時における後方支援を目的とした車両であるため日常的に市街地で運用することは難しい。また、仕様上、他の機能を抱き合わせて多用途車両として整備するのも難しく、財政面や人員にゆとりがない昨今の情勢もあり、消防が日常災害への積極投入が可能である本格的なトイレカーを整備することはこれまでなかった。

 そうした中で東京消防庁が導入に踏み切ったのは、対応が長時間に及ぶ大規模災害が全国的に増えていることが背景にある。従来であれば現場近隣の店舗などに頼んでトイレを貸していただくといった方法で難をしのいできたが、活動により汚れた状態でトイレを借りるのも気が引けるもの。結果として、帰署まで我慢する隊員も少なくない。
 また、東京消防庁ではこの10年で女性消防吏員が300人程度増え、約1200人が現場の第一線で日夜活動にあたっている。常備消防に限らず、非常備消防の消防団においても女性消防団員の積極採用が進められており、今後はさらに増えることが確実だ。こうした女性消防職団員の増加を踏まえ、東京都が進めているダイバーシティを実現するための政策として、後方支援体制を強化するためにもトイレ機能に特化した車両の導入が必要と考えられたのだ。

 日常的に運用する消防のトイレカーであれば「突発的な日常災害に対して即応し、多数の現場隊員に対応できる」という能力はもちろん、「少人数で手間なく運用できるシステム」であることが絶対条件。これを叶えることができ、費用対効果に見合う仕様がなかなか存在しなかった。
 これまで支援車などに採用されてきたトイレは、排泄物を電気で焼却してごく少量の灰にする電気焼却式トイレや、排泄物に凝固剤を加えて特殊フィルム自動密封処理する自動ラップ式トイレなど。生成される処理物は少量になるもの一定数は発生する。また、処理物をこまめに除去しないと詰りが発生して使用不能になることも少なくなかった。支援車などに搭載された1基でさえ運用に人手が必要であり、置いておくだけというわけにはいかなのだ。ちなみに、一般的な簡易水洗式個室型仮設トイレ(フットポンプを踏むと少量の水が流れる仕組み)については保管や管理、現場への搬送の問題や、排泄物+水により結果として処理物の嵩が増えるといった点から、それならテント式の簡易トイレの方が扱いやすいという意見が多い(もちろん、広域応援時の野営拠点といった定点での一定期間運用では活用されている)。
 そうした中、国土交通省では、建設現場を男女ともに働きやすい環境とする取り組みの一環として、男女ともに快適に使用できる仮設トイレを「快適トイレ」と名付け、標準仕様を平成28年8月4日に公表。これによりメーカーによる研究開発も加速し、仮設トイレやそれを車両に搭載した車載型のバリエーションが飛躍的に進化・普及したのだ。

 東京消防庁が新たに製作したトイレカーは、災害現場における長時間活動並びに女性消防職員及び女性消防団員の増加を踏まえ、後方支援態勢の強化を目的としたトイレ機能を有する車両となっている。
 車両中央部に男性用スペースが設けられ、手洗い器2基を備えるとともに個室(大便器を設置)2室と小便器も2基を装備。小便器を別途設置することで使用回転率の向上を実現している。また、車両後方には、施錠可能な女性専用の更衣室兼個室を設置。この空間には着替え台を装備しており、窓は曇りガラスに加え、カーテンを設けることで、プライバシーに配慮。全体の仕様としては「快適トイレ」の標準仕様に準じたものとなっている。
 注目なのがトイレ機能だ。小便器は洗浄水が不要な「無水小便器」を採用することで処理物の減量を図っている。あわせて、大便器には新幹線等で使用実績のある真空吸引式を採用。排泄物と極少量の洗浄水を便器下の予備タンクに吸引する方式であり、こちらも処理物の減量を図っている。

 時代の変化に対応するため、現場隊員を支える存在として新たに整備されたトイレカーは、千代田区のJR秋葉原駅からほど近い神田消防署に配置され、2021年4月26日から運用が開始された。4時間以上の活動が見込まれる災害に対して東京消防庁管内全域に出場することになっており、23区はもちろん、多摩地域へ急行する際に使用する高速道路へのアクセスも良いことから神田消防署が選定された。運用は神田はしご小隊の切り替え運用で、はしご小隊の3名が神田救援小隊としてトイレカーも運用する。

 長年の悩みだった現場隊員のトイレ問題を解決する同車は、いまだから具現化するができたエポックメイキングな消防自動車といえるだろう。

 

全国で初めてとなる、トイレ機能に特化した消防自動車として製作された、東京消防庁のトイレカー。

 

左側面には車両中央の男性用スペースへの動線、車両後方には女性専用の更衣室兼個室への動線を備える。

 

側面には天窓を備え、車上には換気装置が備わる。後輪以降が女性専用更衣室兼個室にあたる。

 

男性用スペースの入口ドア。乗降時のプライバシー配慮として、内部にはカーテンも設置されている(写真左)。入口左手にはエアコンプレッサーや発電機の搭載部があり、その上を収納棚として活用。トイレットペーパーや清水タンクが並ぶ(写真右)。

 

入口横にはトイレ設備の使用状況表示盤を備える。

 

男性用スペース内部の状況。小便器と手洗い器が向かい合わせに備わり、奥に個室が2つ並ぶ。防火服などを着装した状態でも使用しやすいよう、空間は広めに確保されている。

 

床面は水洗いなどができるよう配慮されており、水抜き穴(蓋付き)を設けるとともに、コーキング処理で隙間を埋めてある。

 

男性用スペースの入口部分に艤装メーカーの銘板がある。

 

女性専用更衣室兼個室への動線には引き出し式の階段と手すりが用意されている。

 

入口横にはトイレ設備の使用状況表示盤を備える。また、快適トイレの標準仕様で付属品に挙げられている「男女別の明確な表示」に相当するマグネットプレートが用意されている。

 

女性用スペース内部の状況。入口から見て左手がトイレで、右が手洗い器。快適トイレの標準仕様で女性専用トイレに必須とされるサニタリーボックスや、小物置き場、室内温度の調整が可能な設備(扇風機)なども備えている。

 

快適トイレの標準仕様で推奨する付属品に挙げられている着替え台(フィッティングボード)も装備。現場活動により執務服が汚損した場合も安心して着替えができる。

 

大便器には新幹線等で使用実績のある真空吸引式を採用。排泄物と極少量の洗浄水を便器下の予備タンクに吸引する方式。

 

大便器の真空吸引を行うためのエアコンプレッサー(写真左)。発電機やトイレ設備の制御盤は男性用スペースの入口横に備わる(写真右)。

 

車体裏には排泄物を収容するステンレスタンクを装備。

 

乗車定員は3名で、神田はしご小隊の3名が神田救援小隊として切り替え運用を行う。

 

埋め込み式の隊名標識灯。車種記号は救援車を指す「SW」。

 

神田消防署に配置されたはしご車とトイレカー。

 


 

 

SPEC DATA
シャシ関係
全長 約8.05m
全幅 約2.45m
全高 約3.16m
ホイルベース 4.58m
最小回転半径 6.9m
車両総重量 約7,985kg
乗車定員 3名
エンジン関係
種類 水冷4気筒ディーゼル
総排気量 5.193L
最高出力 155kW-2,300r/min
最大トルク 706N・m-1,600r/min
トランスミッション 6速オートマチック

 

 


 

お 知 ら せ
本記事は最新消防装備等を広く紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する装備等は弊社が製造や販売を行うものではございません。
また、当該装備の製作や調達に関するお問い合わせを頂戴致しましても、弊社では対応いたしかねます。あらかじめご了承ください。

 


 

取材協力:東京消防庁

写真・文:木下慎次


初出:web限定記事

 


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