注目の消防車両 CLOSE-UP! 軽救急車

 

去る平成29年4月6日、神奈川県藤沢市江の島にある植物園「江の島サムエルコッキング苑」前において、「江の島救急車」の運用開始式が行われた。この車両は「軽救急車」として西日本地域で普及が進んでいるもの。東日本地域では一部でドクターカーなどとして同等仕様の車両が運用されていたが、消防救急隊が運用する消防車両としては関東はもちろん、東日本地域では初登場となる。

 

 

軽救急車とは道路狭隘地域に対処する車両であり、発想は軽自動車に可搬ポンプを積載した「ミニ消防車」と同様。だが、誕生したのはつい最近のことになる。救急車の要件を定めた国の「救急業務実施基準」では、「隊員3人以上及び傷病者2人以上を収容できる」「長さ1.9m、幅0.5m以上のベッド1台以上搭載できる」といった構造要件が示されており、軽自動車ベースではこれを満たすことができないため、ながらく軽救急車は存在しなかったのだ。

 

 

こうした点を踏まえ、平成21年10月に兵庫県姫路市が構造改革特区第16次提案として『道路が狭隘な離島における救急自動車の要件緩和』を申請。「最低規模要件を定めた救急業務実施基準に沿った自動車では通行できない狭隘な道路が多い離島において、軽自動車を活用した救急業務の実施を認めてほしい」という内容に対し、総務省消防庁は「地理的条件等から通常の救急業務を行うことが困難な地域においては、救急業務実施基準によらない救急業務も認められる。このことを明確にするため、同基準を改正する」という回答を発出(平成21年12月11日)し、平成23年4月1日に改正救急業務実施基準が施行される。その結果、平成23年4月に姫路市消防局にて日本初の軽救急車が誕生。以降、西日本地域をを中心に数消防本部において運用が行われている。

 

 

「江の島救急車」が守備する場所が、藤沢市にある周囲4km、標高60mほどの陸繋島(りくけいとう)である「江の島」。古くから観光名所として知られており、年間を通じて多くの観光客で賑わいを見せる。一方で島内の道路は狭く、一般的な高規格救急車では走行できない。そこで、島内での救急事案に対して、従来は状況に応じて朱塗りの軽自動車(ワンボックス)を活用して救急対応などにあたっていた。こうした中で、江の島は東京2020オリンピック競技大会のセーリング競技会場になることが決定。国内外からさらに多くの観光客が訪れることが予測されることから、藤沢市消防局では体制強化と安全安心の確保に向け、専用車両である軽救急車の導入を決めた。

 

 

この車両は様々な救急資器材や傷病者を乗せるストレッチャーを積載するとともに、山道や狭い道を走行することが可能であり、島内などで救急事案が発生した場合は迅速な救急対応が可能。また、後部にストレッチャーを装備していることから、容態の悪化が懸念される傷病者を安定した状態で安全に搬送できる。

軽自動車という限られたキャパに必要要素をすべて詰め込むべく、仕様については細部にわたって細やかな配慮がなされている。

ストレッチャーにはファーノ製モデル25の短縮タイプを採用。隊長席後方のスペースに収まるように、サイズは長さ1.8m、幅57cm、重量25kgとなり、最大荷重は159kgに耐える。このストレッチャーの出し入れを容易にする車体側のスロープ兼ストッパーにはロック装置を備えているが、これを逃がすためにバックドアの一部を凹型に加工している。ミリ単位でのレイアウト設計を施しつつ、時にはこうした加工も行うことで、救急車として成立させているのだ。

 

 

また、小型・軽量化という面では酸素ボンベもポイント。一般的には9.4Lボンベが活用されているが、同車はコンパクトな2Lボンベを現場携行用と兼ねて積載している。他にも、散策道からの滑落など、島内での救助事案にも迅速に対応できるよう、車上には専用積載装置を介して舟形担架を積載。その下にバックボードも収容するなど、構造上最も長さを確保できる場所に長尺アイテムを収めている。これらと併用するスリングなどは、車内の窓保護を兼ねたパンチングメタルプレートに吊り下げて収納。空間を立体的に、そして多角的に活用することで収納性や利便性、活動性を実現しているのだ。

島に暮らす人々、そして観光客を守りぬくために新たに誕生した藤沢市の軽救急車。これを契機に、東日本地域での普及に注目が集まっている。

 

 

軽救急車の患者室(写真中央)。ストレッチャーは左側に搭載され、ギリギリまで空間を使いきっている(写真右)。スロープ兼ストッパーのロック装置を逃がすため、バックドアの一部は加工されている(写真左上)。

 

車内の状況。隊員用の3座席とストレッチャーに傷病者1名の計4名が乗車可能。限られた空間を活用するため、オーバーヘッドコンソールや壁面(窓保護板)収納などが行われている。

 

通常はストレッチャー上に携行資器材を用意しているが、傷病者収容後は専用ラックに積載する(写真左)。天井には点滴用フック2個が備わり、その間にゴムネットを張って頸椎固定用副子を収納。両脇にはLEDの車内照明2本が備わる(写真右上)。

 

主な積載救急資器材。短縮タイプのストレッチャーの上に救急バッグ、AED、吸引器、酸素ボンベが並ぶ。

 

ストレッチャーは前輪側の脚部がスロープ部分に触れると、後輪側も同時に収容されるロールインタイプ。

 

無線機やサイレンアンプが備わる程度のシンプルな運転席周り。オーバーヘッドコンソールを装備することで使用頻度の高い消耗品類を収納。

 

車上には舟形担架とバックボードを収容。その左右に立つ車載アンテナは、仲見世通り走行時に店舗庇との接触を防ぐため適宜着脱を行う。

 

バックドア上部に補助警光灯を装備。ハイマウントストップランプの上には救急車であることを示す生命の星が描かれている。

 


 

SPEC DATA
車名 ダイハツ
通称名 ハイゼットカーゴ クルーズターボ
全長 3395mm
全幅 1475mm
全高 1875mm
室内高 1210mm
最小回転半径 4.2m
車輌総重量 1320kg
乗車定員 4名
総排気量 658cc
駆動方式 4×4
配備年月日 平成29年4月6日

 

積載資器材
ファーノ製ストレッチャー モデル25(短縮タイプ)
救急業務実施基準(第14条第1項)
「応急処置等に必要な資器材で別表第1に掲げるもの」

観察用資器材
・血圧計、血中酸素飽和度測定器、聴診器等
呼吸・循環管理用資器材
・気道確保用資器材、吸引器、自動体外式除細動器等
創傷等保護用資器材
・固定用資器材等
保温・搬送用資器材
・担架、バックボード等
感染防止・消毒用資器材
・感染防止用資器材等
通信用資器材
・無線装置
その他の資器材
・懐中電灯、救急バッグ、冷却用資器材等

 

観光客でにぎわう弁財天仲見世通り(写真左)と実際の走行シーン(写真右)。

 


 

本記事は最新消防装備等を広く紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する装備等は弊社が製造や販売を行うものではございません。

また、当該装備の製作や調達に関するお問い合わせを頂戴致しましても、弊社では対応いたしかねます。あらかじめご了承ください。

 


 

取材協力:藤沢市消防局

風景写真提供:公益社団法人藤沢市観光協会

写真・文:木下慎次

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