埼玉県消防学校 第39期救助科 レポート

 気候変動などの影響により大規模な土砂災害が頻発しており、二次災害の危険や活動の困難性が高い中で迅速な救助活動が求められる場面が激増している。2024年1月に発生した能登半島地震においては、地震による大規模な土砂崩落等が発生。同年9月には奥能登地方をはじめ全国各地で豪雨等による土砂崩落等が発生するなど、甚大な被害が発生した。また、2025年1月には埼玉県八潮市にて大規模な道路陥没事故が発生。シンクホールに関連する土砂災害という脅威が広く知られることとなった。様態も多様化・複雑化の一途をたどる土砂災害。これに対し、令和7年度に実施された埼玉県消防学校第39期救助科では、土砂災害対応に関する内容を大幅に強化。本格的な訓練を盛り込んだ新たなカリキュラムを導入し、注目が集まっている。

9月24日に行われた震災救助訓練の様子。

 土砂災害対応に関する内容を強化した背景には、大川聡教官の消防大学校第88期救助科で得た出会いが大きく関係しているという。「同期で総代を務めた石川県珠洲市の消防職員から能登半島地震での体験を聞く機会があり、地震によって引き起こされた土砂崩れによる二次災害の深刻さが印象に残った。家屋倒壊に限らず、斜面崩落によって孤立した集落、道路の埋没、そして救助活動の困難さなど、地震災害における土砂災害の脅威を改めて認識させられた」(大川教官)

 この時、救助科のカリキュラムに「地震=土砂災害」という視点を取り入れる必要性を強く感じた大川教官が奔走。救助科の訓練内容の見直しにつながった。

 土砂災害対応力の強化を目的に、実践的な教育を新たに取り入れた埼玉県消防学校第39期救助科。発生が予想される首都直下地震や南海トラフ地震などにおいては、埼玉県が受援側にも応援側にもなる可能性がある。これを踏まえ、学生にその両面の経験を積ませることで、自然災害に強い救助隊員の育成を目指した。カリキュラムの内容は、令和7年3月に総務省消防庁が公表した「令和6年度救助技術の高度化等検討会報告書(大規模土砂災害時における救助能力の高度化)」及び「土砂災害時における消防機関の救助活動マニュアル」の内容に準じている。

 土砂災害現場は二次災害のリスクが極めて高く、これに備えた訓練も危険を伴う。また、学生の中には今回の訓練で初めて土砂に触れるという者も少なくない。そこで、訓練時の安全管理の徹底はもちろん、段階的な教育指導を意識してカリキュラムが組み立てられた。

ミニチュア模型教材を活用した机上訓練の様子。(写真/埼玉県消防学校)

 学生には予習用の動画が事前配信され、これにより土砂災害の基礎知識や対応手順を事前に把握。そして座学講義にて災害のメカニズムや対応原則を学習し理解の深化が図られた。実訓練前のもうワンステップとして、ミニチュア模型教材を活用した机上訓練も実施した。これは地形や土砂の動きを視覚的に学ぶことで、現場対応のイメージを具体化するもの。このように、段階的かつ様々な手法で基礎知識を身に着けた上で学生らは実訓練に臨んだ。

 土砂災害を想定した訓練で一番のネックとなるのが訓練環境の確保といえる。今回の訓練では民間企業の協力により問題をクリア。帝国繊維株式会社下野工場では土砂に埋没した車両への対応について学び、土砂災害対応訓練は埼玉県鴻巣市の建設会社である株式会社河野組の資材置き場と保管する建設発生土を活用させてもらい、本格的な訓練を行うことができた。実訓練ではまず、応急土留め(V字型・一文字型)の構築といった基本動作が丁寧に指導され、掘削技術については「一方向掘削」から「安息角を意識した掘削」へと段階的にレベルアップする形で訓練を実施。加えて、慎重かつ迅速な掘削の必要性を実感させることを目的に、埋没者にかかる土圧負荷の体験も行った。そして、災害現場では連携が命を守る鍵となる。チームワークや役割分担、指揮命令系統の重要性を理解させるべく、訓練実施中は声かけ・報告・確認の徹底が指導され、現場での連携力強化を目指した。

雨の中実施された土砂災害対応訓練の様子。

 新たなカリキュラムの導入について、大川聡教官は「災害の多様化・激甚化が進む中、最新の災害様態や対応事例を教育に反映させることは、消防教育の本質であり、地域住民の命を守る力となる。育成された隊員が埼玉県内の26消防本部へ戻ることで、その経験が各本部に広がり、救助隊員のみならず消防職員全体の災害対応力の底上げにつながると考えている」と、取り組みの意義を話す。

 また、訓練に臨んだ川口市消防局の白井直人消防司令補は「救出までマンパワーや時間を要するここまでの規模の土砂災害対応訓練は経験がなかった。こうした活動が非常に過酷であると痛感するとともに、隊員間の連携が極めて重要であると身をもって理解できた。この訓練で学んだ事は、他の救助活動にも繋がる部分だと強く実感した」と、率直な感想を話す。比企広域消防本部の斎木草消防士長は「救助科として県内の仲間たちと共に学べたことに大きな意義を感じた。顔の見える関係で技術や知識を共有できる機会を得たことで、今後、緊急消防援助隊として埼玉県隊で出動する際や、逆に応援を受ける場面に直面した際にも、より要救助者のための活動ができると感じた」と、確かな手応えについて語ってくれた。

 新たに導入された土砂災害対応訓練などに、学生たちは高い集中力と積極性をもって臨み、確かな成長を見せた。実践的で熱意あふれる指導のもと、救助隊員として求められる知識・技術・心構えを確実に身につけることができた第39期救助科学生の今後の活躍に、大きな期待が寄せられる。

 

  • ミニチュア模型教材を活用した机上訓練の様子。(写真/埼玉県消防学校)
  • 9月18日に帝国繊維下野工場で実施した土砂埋没車両対応訓練。
  • 助手席側窓から要救助者の姿を確認。
  • 車内から要救助者を救出。
  • 運転席側は水分の多い土質。水分量による土質の違いや排除の困難性を体感する。
  • 9月30日と10月1日に行われた土砂災害想定訓練。隊員を並べ土砂を一方向に流す一方向掘削。
  • 35度前後の安息角を意識した掘削。
  • 応急土留めの構築方法などが指導された。
  • 埋没者にかかる土圧負荷の体験。折り畳んだブルーシートでも圧力分散ができる。
  • 地震による土砂崩れを想定した訓練では、学生らは2サイトにわかれ活動を展開した。
  • ゾンデ棒による地中検索を行い、掘削範囲を絞り込む。
  • 安息角を意識しながら掘削を進めると、家屋の一部を発見する。
  • 露出した建物の一部を破壊し、内部の状況を探る。
  • 応急土留めを設定し、土砂流入を防ぎつつ掘削範囲の最小化を図る。
  • 土砂の排出にはベルトコンベアを活用する。
  • 要救助者を覆う土砂の排除が完了し、搬出作業に移行する。
  • 埋まっていた屋根の一部の除去に成功。
  • 要救助者の姿はまだ確認できない。手掘りで掘削活動を継続する。
  • 集中的に手掘りを進めると同時に要救助者用のPPEが準備される。
  • 要救助者の頭部を確認。直ちに顔や胸腹部付近まで手掘りで掘削し、呼吸抑制を解除する。
  • 要救助者を担架へと収容し、進入統制ラインの外へと迅速に搬送する。

 


人と人とのつながりが育む次代の救助隊員


埼玉県消防学校 教務担当(専科)大川 聡 教官

 令和7年度埼玉県消防学校第39期救助科では、土砂災害対応訓練を新たにカリキュラムへ導入しました。その背景には、私自身の消防大学校救助科第88期での出会いが大きく影響しています。

 同期で総代を務めた石川県珠洲市の消防職員から、能登半島地震での体験談をうかがい、地震災害における土砂災害の脅威を改めて認識させられました。現場で起きている現実を踏まえ、救助科教育において土砂災害対応の必要性を強く感じました。

 また、同じ話を聞き、同じ思いを持った消防大学校第88期救助科の同期である中居浩一教官(さいたま市消防局)が、埼玉県消防学校第39期救助科の支援教官として参加することが決まったことは、大きな支えとなりました。

 中居教官は、現場経験に裏打ちされた深い知識と熱意をもって学生への指導にあたってくださいました。その姿勢と想いが訓練内容の充実につながり、学生が初めて土砂災害訓練に臨む上での大きな支えとなりました。同期としての信頼と連携が教育現場においても形となり、今回のカリキュラム強化につながったことは、人と人とのつながりが消防教育を支えていることを改めて実感させる出来事でした。

 第39期救助科では、支援教官や講師の方々の熱意ある指導が、学生一人ひとりの心に深く響きました。土砂災害訓練や校外研修、能登半島地震・豪雨災害の実体験に基づく講義を通じて、講師陣は技術や知識だけでなく、「命を守る」という消防の本質的な使命感と覚悟を学生に伝えてくださいました。

 その真剣な姿勢と現場で培われた経験は、学生にとってかけがえのない学びとなり、今後の消防人生における確かな指針となったと感じています。学生たちは、講師の言葉の重みを受け止め、熱意と責任を持って現場に立つ救助隊員になろうとする姿勢を見せてくれました。

 第39期救助科が無事に修了を迎えられたことは、約150名にのぼる支援教官、講師、関係機関、民間事業者の皆様のご尽力とご協力の賜物です。心より感謝申し上げます。

 

 


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本記事は訓練などの取り組みを紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する内容は当該活動技術等に関する全てを網羅するものではありません。
本記事を参考に訓練等を実施され起こるいかなる事象につきましても、弊社及び取材に協力いただきました訓練実施団体などは一切の責任を負いかねます。

 


 

取材協力:埼玉県消防学校/帝国繊維株式会社/株式会社河野組

写真:埼玉県消防学校/木下慎次

文:木下慎次


初出:2026年1月 Rising 冬号 [vol.40] 掲載
(※この記事はRising掲載記事を補完したWeb完全版です)

 


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