注目の消防車両 CLOSE-UP! 高機能救命ボート
東日本大震災における津波浸水域での活動や、近年続発する集中豪雨による河川の越水などによる都市型水難救助に対抗する装備として新たに誕生したのが高機能救命ボートだ。2019年に総務省消防庁が36艇を製作・調達し、緊急消防援助隊の無償使用装備として国内で配備を開始した。東広島市消防局においては総務省消防庁からの1艇に加え、西日本豪雨災害等での教訓をもとに、高度救助隊の発足に合わせてもう1艇を独自整備。全国的にも珍しい2艇の高機能救命ボー卜運用を行っている。
消防組織で多く採用されている救助用ボートは6人乗りのタイプが多く、河川の越水などにより広範囲での人員輸送が必要な場面において搬送できる人員が限られてしまうため、救出活動に時間を要してしまっていた。また、浸水域では水中に瓦礫や様々な障害物が潜んでいるため、一般的なゴム製救助用ボートでは常に破損のリスクを抱えていた。
こうしたネックを克服するために開発されたのが高機能救命ボート。全長6.7m、幅3.15mと大型で、最大20人の乗船が可能だ。また、船体サイドや船底には補強布が張られており、船外機についてもステンレス製スクリューガードを装備しているため、瓦礫等のある浸水域でも運用を可能にしている。
そして、最大の特徴が船首の構造だ。船内のロープを操作することで船首部分を開閉でき、着岸の際に高低差を無くし、人員等の乗り降りを容易にすることができる。さらに、船内もフラットな構造としており、車いす等を容易に収容することが可能。足の不自由な要救助者であっても、車いすに乗ったまま救出することができるのだ。
このボートは英国に本拠を置くマリン・スペシャライズド・テクノロジー社が総務省消防庁仕様として開発を行ったもので、同社が手掛ける救助用舟艇のノウハウに加え、ミリタリー分野における上陸用舟艇のノウハウが大いに活かされている。上陸用舟艇とは上陸可能ポイントへ滑り込むように着岸し、船首部分から迅速に兵員などを送り込むための舟艇。船体の補強や素早い乗降が可能な船主構造などはこの上陸用舟艇技術を応用しているのだ。
また、こうした性能を持たせるのであれば、アルミニウムなどのハードマテリアルで作る方が簡単。しかし、その場合は搬送手段を別途確立せねばならないなど、運用しにくいものになってしまう。そこで、搬送時にはコンパクトにまとまるインフレータブルボート、つまり空気を注入することで膨らませて使用するゴムボートとしているのもポイントなのだ。
高機能救命ボートは今まで対応が困難だった迅速な大量救出や車いすへの対応を可能にするだけでなく、浸水域の先にある救助現場への資機材投入といった活用にも効果が期待されている。
東広島市の場合、市の中心である東広島市西条町に福祉施設や医療機関が21施設あり、1m以上の浸水が発生した場合、1施設については最大270人が孤立する可能性があると考えられている。こうした場面において迅速な救出と車いすや安静位での搬送が必要となる要救助者への対応を可能とするため、東広島市消防局では高度救助隊発足を契機に2艇目の導入を行ったのである。
SPEC DATA | |
型式 | ICL600 |
全長 | 6,700mm |
全幅 | 3,050mm |
全高 | 650mm |
収納時寸法 | 長さ2,100mm×幅900mm×高さ900mm(船外機除く) |
本体重量 | 約200kg(船外機除く) |
最大積載重量 | 約2,000kg |
乗船定員 | 20名 |
気室数 | 6チューブ |
船体材質 | ダブルスキン合成ゴム |
船外機 | トーハツ MFS30C(総排気量:526cc/最大出力:30PS) |
製造メーカー | 英国Marine Specialized Technology社 |
積載品 | 落水者リカバリーシステム1式 救助用伸縮棒1本 急速充填システム1式 航海灯マスト1式 法定備品1式 |
お 知 ら せ |
本記事は最新消防装備等を広く紹介する趣旨で製作されたものであり、紹介する装備等は弊社が製造や販売を行うものではございません。 また、当該装備の製作や調達に関するお問い合わせを頂戴致しましても、弊社では対応いたしかねます。あらかじめご了承ください。 |
取材協力:東広島市消防局
写真:東広島市消防局/株式会社ライズ
文:木下慎次
初出:web限定記事