消防職員ボランティア活動記録[令和6年能登半島地震]

 東日本大震災以降、災害ボランティア活動に参加する消防職員も増え、休日などの時間を使って被災地での活動や、平時には災害支援団体が実施する講習会に参加して対応技術の錬磨に努める者も少なくない。また、これら活動を通して、災害支援団体との顔の見える関係が深まっている。

 令和6年能登半島地震ではこの顔の見える関係が最大限に活かされた。本災害でも発災直後から多くの災害支援団体が被災地に入り活動が展開された。一方で、被害の甚大さなどから一般災害ボランティアの受け入れはなかなか進まなかった。こうした中で、早く動き出したのが消防の有志たちによる災害ボランティア活動だった。現地活動する災害支援団体と連絡を取り合い、団体の活動に合流。危険環境での活動や自己完結型の活動に対応できる消防職員だからこそ、一般災害ボランティアの活動が制限された初期から現地活動することができた。

 能登半島の先端に位置する石川県珠洲市では県内外から消防職員が集まり、倒壊現場における貴重品や思い出の品の搬出、障害物撤去といった活動が行われていた。また、災害支援団体などにより道路啓開が行われたが、応急処置を行ってもひび割でのパンクや隆起したマンホールに乗り上げてしまうといったトラブルが多発。そこで、即席マーカーを作成し、危険個所がわかるように設置してまわるといった、地道な活動も行われていた。
 被災者のため、そして復旧に向けて活動する人々のため、消防の有志たちは今も継続して災害ボランティア活動を続けている。

 

  • 家屋倒壊現場にて貴重品や思い出の品の搬出活動を行う災害支援団体のメンバー。倒壊により崩れてしまった家屋の位置関係などを確認しながら活動方針を検討する。
  • 3月に結婚するお孫さんに贈る予定だったお祝いの品の救出活動。紙に図面を書き、どのあたりにあるかを家人から聞き取る。
  • 災害支援団体の重機チームによる障害物の除去。重機のスペシャリストであり安全迅速に障害物を排除していく。平時には講習会を開催し、こうしたスキルを広めている。
  • 押しつぶされた一階部分から、まずは手の届く範囲で貴重品などを取り出していく。危険環境での活動も多く、消防職員ボランティアのスキルが求められる場面が多い。
  • 重機での道路啓開活動。地震による道路損壊箇所の応急復旧以外にも、写真のように道路上にはみ出した障害物の除去などが行われた。
  • 道路の危険個所を示す三角コーンの代わりに用いる即席マーカーを作成。耐候性の高い黒い土のう袋に砂を詰め、その上から視認性の高い白い土のう袋をかぶせる。
  • 道路上の危険個所に設置し、上半分を赤スプレーで着色。下半分は白色を残し夜間の視認性にも配慮。
  • 隆起したマンホールの上に設置した即席マーカー。自重があるので飛ばされる心配もない。
  • 道路上には陥没・隆起箇所が多く残る。また、積雪時にはこうした箇所が判別しにくくなりトラブルを招く。

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写真・文:Rising取材班


初出:2024年4月 Rising 春号 [vol.33] 掲載

 


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