広島県消防学校 第1回 JPTECインストラクターコース

 重症外傷傷病者に対しては早期に救命のための処置治療を行う必要があり、救急隊は限りある時間の中で的確かつ迅速な活動を行わなければならない。この概念に基づいて誕生したのがJapan Prehospital Trauma Evaluation and Care(JPTEC:ジェイピーテック)だ。JPTECは、我が国のすべての病院前救護にかかわる人々が習得すべき知識と体得すべき技能が盛り込まれた活動指針であり、生涯教育のプログラムとして活用できる内容として構成されている。

 広島県では救急救命士の知識や技術の向上を目指し、消防学校の消防職員特別教育「救急救命士教育コース」にて「スキルアップコース」を行っている。その中で、外傷対応の学びとして「JPTECプロバイダーコース」が実施されている。また、同県では平成29年に広島県メディカルコントロール協議会が外傷プロトコルについて「JPTECに準拠して対応すること」を定めたため、県内各消防本部でもJPTECは不可欠な存在という認識が高まった。こうした背景のもと、消防学校において「JPTECインストラクターコース」も実施してほしいという要望が多く寄せられていたことから協議と調整が進められ、今回、初となる第1回JPTECインストラクターコースが実施された。

 第1回となる今回は、プロバイダーコースと同じくJPTEC協議会中国四国(広島県)の全面的な協力を得て実施され、県内各消防本部から11名の救急救命士がインストラクターを目指し受講した。インストラクターコースはプロバイダーコースで学んだ知識や技術を有することを前提に、病院前救急医療の概念を理解し、指導に関する知識と技術を習得した指導者の育成を目的としたもの。「自ら考え、結果に到達する過程」を重視して、少人数グループでのディスカッションやプロバイダーコースで使用する資器材やシナリオを用い、実際に繰り返し教えることで、JPTECの知識と技術に基づく指導技法を習得していく。

 まずは、スタッフによるネックカラー使用デモを通した指導技法について考える授業。1回目はインストラクター役が高圧的だったり口調がきつかったりといったbad版のデモが展示され、受講生が問題点や改善方法などをディスカッションして全体に発表する。この改善点を踏まえて2回目はgood版のインストラクションが展示される。受講生は改善された点やよかった部分について再度ディスカッションを行う。実際に「指導の場面」を通して指導技法に目を向けることで、良い点や問題点も理解しやすい。質問に対し回答する際は質問者一人に対して回答しがちだが、参加者全員に伝わるよう皆に正対し目線を合わせて説明することで全員の理解を深める事につなげる。こういった指導する上での配慮も含め、具体的な「話す」テクニックや「説明し伝える」テクニックといった指導技法の基本についても学んだ。

 続いては、受講生がインストラクター役となり実際の指導を体験しながら指導法を学んでいく。手技を身につける「スキルの指導」では「ログロール・背面観察」をテーマに実施。講義ではなく実技を行う場であることから、インストラクターがしゃべりすぎてはいけないが、大きな間違いやその場での説明が必要と思われる誤解などについてはしっかり説明しなければいけない。想定をもとに一連の動きを学ぶ「シナリオを使った指導」では実際の現場活動をイメージしたシナリオ進行の中で学びを深めることがポイントとなるため、間違いに対しその都度シナリオを止めて指導していては意味がなくなってしまう。そこで、小さな間違いであればシナリオを止めず流れの中で気づかせる、大きな間違いであればシナリオを止めて指導を行う。このように、指導を行う際のサジ加減についても意識を向ける必要があるのだ。

 さらに、デモを行う上でのポイントなどもレクチャーされる。実際の活動では傷病者を中心に救急隊員が取り囲むように位置する。また、衆人の目から傷病者を保護する意味で、自らが人垣となって視線を遮るよう無意識に動いてしまうクセが救急隊員にはある。しかし、デモで現場活動と同じようにリアルな動きをしてしまうと、受講生はインストラクターの背中しか見えず何を行っているかわからない状態になる。そこで「受講生に見せるデモ」を意識する必要がある。

 このように、指導全般について学びを深め、他にも JPTECのインストラクターとして欠かすことができない全体のシステムや組織構成、実際の実技達成度評価や筆記試験の実施方法などについても学習が行われる。

 インストラクターコースは指導者を育成するための内容であり、カリキュラムは成人を対象にした指導に関する知識とスキルを自然に習得できるように構成されている。扱う内容は「外傷対応」であるものの、所属における後輩育成などにも大いに役立つ内容であり、他者に伝えるというスキルを磨くことができるため、業務全般に活かすことができるというのも特徴といえる。

 広島県消防学校では各消防本部のプロバイダーと言われる有資格者に加えて、指導者を育成していくことで救急救命処置の知識と技術の更なる向上を計り、広島県における外傷傷病者の「防ぎえた外傷死(preventable trauma death:PTD)」撲滅を目指すべく、今後も継続してプロバイダーコースとインストラクターコースを学校教育として開催していく予定だ。

 

  • 座学と実技を通し、インストラクターとしてのスキルを学んだ。
  • スタッフによるネックカラー使用デモ。あえて問題点の多い展示を行い、受講生に改善点を考えさせる。
  • 問題点や改善方法などを受講生がディスカッションしその結果を全体に発表する。
  • 改善点を踏まえて行われたインストラクションの展示。
  • 手にしたストップウォッチについて解説することで指導の基本である説明する力をトレーニング。
  • インストラクターは適切なタイミングで解り易く説明する必要がある。
  • 初期評価、背面観察の指導を通して、指導の流れのポイントを正しく伝える方法などを学ぶ。
  • スタッフが実技評価のデモ展示を行い受講生が実技達成度評価を実際に行ってみる。
  • 本コースは徹底した新型コロナウイルス感染症対策の元に実施され換気や消毒も随時行われていた。

 

広島県消防学校第1回JPTECインストラクターコースの受講生とスタッフの皆さん。

 


 

取材協力:広島県消防学校

写真:伊木則人

文:木下慎次


初出:2022年7月 Rising 夏号 [vol.26] 掲載

 


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